内 輪   第125回

大野万紀


 ドラクエ7はまだ終わりません。何だかとても忙しくなってきたので、これはもう終わらないかも知れないなあ。
 今号の表紙にも書きましたが、仕事の方が急に立て込んできて、自由な時間がとりにくくなってきました。先の予定が見えないというのもうっとおしいもんです。東京方面に行くことが多くなるので、どこかでばったり顔を合わすということがあるかも>東京方面の方。
 しかし、関東地方は大雪ですねえ。地球温暖化に伴う、局所的なカオス現象なのか。

 それではこの一月ほどで読んだ本から(読んだ順です)。

『祈りの海』 グレッグ・イーガン (ハヤカワ文庫)
 イーガンに惚れ込んだ訳者による、日本オリジナルの短編集。しかし、これは確かに傑作だ。どの作品も読ませる。アイデアストーリーもけっこうあるのだが、あまり派手な展開にはならない。それでもみな納得のいく話となっている。それだけ良く考えてあるということであり、昔風にいえばスペキュレーティブ・フィクションということになるだろう。前半の、アイデンティティの問題を扱った作品群など、うっかりするとファンジン創作にでもありそうなくらいのストレートなアイデアを、徹底的に考え抜き、論理的にも人間的にもインパクトのある物語にしているのである。中には小説的な面白さを犠牲にしてまでも(というか、そういうことはあまり重要視していないようだ)このテーマを追求したと思われるものもあり、その辺で小説がヘタといわれるのもわかる気がする。でもSFなのだから全く問題なし。アイデアストーリーはオチが決まらないとダメだという人もいるが、そんな問題じゃないと思う。途中で息切れしがちな長編より、このくらいの長さの作品が(作者の考えを理解するという意味でも)最適なのではないだろうか。

『ハッカー/13の事件』 J・ダン&G・ドゾワ編 (扶桑社ミステリー)
 ハッカーSF短編集ということだが、ここでのハッカーというのはコンピュータ以外のテクノロジーも含めてのことのようだ。ということは、マッド・サイエンティストや魔法使いとどう違うのか。あんまり違わないような話も含まれているのだが、おそらく、主人公がアウトサイダーで、若くて、チンピラだというのがポイントなんだろうな。拡張されたサイバーパンクというところか。アンソロジーとしてはけっこう粒がそろっており、傑作といえる作品も多い。ぴんとこない作品もあるけどね。イーガン「血をわけた姉妹」、スワンウィック&ギブスン「ドッグファイト」、マコーリイ「遺伝子戦争」、スティーヴンスン「スピュー」といったあたりがお気に入り。

『20世紀のSF(2)/1950年代』 中村融・山岸真編 (河出文庫)
 黄金の50年代SFというキャッチフレーズとは裏腹に、これは編者の趣味なんだろうか、暗い、グルーミイな、重苦しい雰囲気に包まれた作品が多く収録されている。50年代SFの多くが、パラノイアと破滅への不安に彩られているというのは事実だ。またそういう作品に心に残る傑作も多い。だが、ブラッドベリ「初めの終わり」、ヘンダースン「なんでも箱」、シマック「隣人」、スミス「燃える脳」以外のすべて(ブリッシュ「芸術作品」もちょっと違うか)がそういう作品だというのは、ちょっとバランス的にどうなのと思う。とはいえ、アンダースンの傑作「サム・ホール」をはじめ、スタージョン「たとえ世界を失っても」のような作品も含め、こういうのが確かに時代や社会に警鐘を鳴らす「社会学的な」あるいは「風刺的な」SFだったんだよなあ。時代の制約はあるにせよ、今読んでも充分に面白いし、読み応えもある。「サム・ホール」のコンピュータ・システムの描写なんて、古くさいといって笑うよりも、よくもまあこれだけしっかりと考えたものだと感心してしまう。だってUNIVAC1号機やIBM701の時代だよ。本当にすごいよ。

『黒い仏』 殊能将之 (講談社)
 『ハサミ男』『美濃牛』に続く3冊目。『美濃牛』で登場した〈名探偵〉が主人公。今度は前のに比べて短い。9世紀に唐から天台僧が持ち帰ったという秘宝の調査に九州へ赴く探偵。一方では、福岡で起こった謎の殺人事件を追う刑事たち。この二つの物語が交差する時、とんでもないことが起こる。このとんでもないことというのは本当にとんでもないことで、作者は一体何を考えているのだろう、とびっくりしてしまう。とりあえず、(『ハサミ男』のような)ストレートな普通のミステリを書き続けることを放棄してしまったわけで、かといって、あっちの方向へ行ってしまうとも思えず、この微妙な狭間で作者はほくそ笑んでいるのだろうなと思うばかり。でもこの多義性はかなり危ういバランスの上にあるので、大丈夫なのかしらと不安になる。きっとぼくらが心配する必要なんかなく、大丈夫なんだろうな。でもこうなると、次回作がものすごく気になる。あっちへ行ってしまうんだろうか。別に面白ければそれでもかまわないのだが、この作者がそんなに簡単に冗長度を下げるとは思えず、またびっくりさせられるのだろうと期待大。

『帰還』 井上雅彦編 (光文社文庫)
 光文社に移った異形コレクションの第16巻(出たのは去年の9月)。帰還がテーマということで、SF的なものは少なく、因縁話風のホラーやファンタジーが中心だ。だから、理屈をつけるのは間違っているのかも知れないが、どうしてそうなるの的な、納得しにくい話も目立つ。帰郷した家が幽霊屋敷となっていて、それというのも本人の記憶は失われているが実は…てなパターンも多い。それはそれで怪談として面白いからいいのだけれど。本当にあった怖い話じゃなくて創作ホラーなんだから、もう一工夫あってもいいなあと思うのだ。といったわけで、類型から離れ、小説として面白い友成純一「地の底からトンチンカン」や、久美沙織「失われた環」、中井紀夫「深い穴」(でもこの結末はつまらない)、北原尚彦「帰去来」、藤田雅夫「世界玉」、菊地秀行「帰還」などが印象に残った。

『侵略者の平和 第三部/融合』 林譲治 (ハルキ文庫)
 完結編。物語は急速に進展し、激しい戦闘や、悲惨な戦いが描かれる。いかに技術的な優位さがあっても、相手を馬鹿にしてかかってはダメだよな。また敵を知らずに勢いだけで立ち向かっては悲惨な結果になるということも。ただし、ここで終わるためか、これまでたくさん出ていた登場人物たちが大胆に整理され、ストーリーにからまないまま終わったエピソードも多い。これまで主要人物のように扱われていた人々が、背景に追いやられてしまい、歴史に埋没してしまうというのも、まあそんなもんだろうとも思うが、寂しいものがある。テーマを盛り込みすぎたということだろうか。はじめからもう少し視点を整理して、どれかのテーマに集中し、他はストーリーの中から読みとれるようにできていれば、すごい傑作になっていたかも知れない。面白かったが、ちょっと惜しかったなというところである。


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