みだれめも 第114回
水鏡子
日曜例会にいく途中、ちょっと覗いた古本屋の百円コーナーに、箱入り月報付きの集英社版文学全集美本が十冊ほど並んでいた。それもおいしいとこばかり。やったね!と喜んで『石蹴り遊び』『夜のみだらな鳥』『イタリア綺想曲』『現代詩集』といったところを買込む。恥ずかしながらまだ持ってなかったのです。ほかにもマーク・トゥエーン他による『金メッキ時代(上)』などを仕込む。
ほくほくして例会にいったら、藤本くんが里帰りで顔出しした。さっき古本屋で1冊百円で手にいれたといって、『酔いどれ草の仲買人(I)(II)』を持ってくる。うーむ。ぼくが漁ったのは抜かれたあとか。けっこうくやしい。
最近仕込んだその他の百円本。二見『猫の事件簿』6冊。福武『バーナム博物館』。サンリオ『愛の渇き』。唐沢俊一『育毛通』。『知の技法』。呉智英『バカにつける薬』。今村仁司『現代思想の系譜学』。鎮目恭夫『心と物と神の関係の科学』。コミック多数。
●夢枕獏の特集に惹かれて『活字倶楽部99年夏号』を買う。思いがけなくすごく立派な雑誌であった。ヤングアダルト系の紹介誌であるわけだけど、送り手受け手双方に活気がある。ビブリオ処理もきっちりしている。なによりジャンルに閉じこもらないで、ジャンルの読書体験を核に外へと展開していく開放系のスタンスがいい。なんもかんもが美形キャラにヴィジュアル化されてしまう世界というのには、さすがにちょっとひくけれど、こういう文化もありなのだろう。三村美衣がおねえさんしていた。とりあえず、バックナンバーを注文する。
●高見広春『バトル・ロワイアル』を読む。昨年のホラー大賞最終候補作で、一様に不快感を表明してこの作品に賞を授けなかった選考委員たちが、非難の集中砲火を浴びている。
まあ、当然のような気がする。
この作品、問題があるとするなら、青春小説として健やかすぎるところだからだ。
全体主義体制化のもうひとつの日本。年中行事として繰り広げられる〈プログラム〉とは無作為に抽出された中学3年生の一クラスが互いに殺しあい、生き残った一人が総統に表彰されるという制度だ。その制度に捕まった少年少女たちの物語。
設定を聞いたときには、もっと陰惨な小説を覚悟していた。じっさいもっと陰惨になるべき設定だと思う。
国体護持の体制下、情報管理のもとに置かれた少年少女の自我は、少なくとも中学生クラスではもっと国家に対して従順だ。理不尽な制度であっても、世間的に受容されているものには、しかたがないと、肯定的に対処するのが大半だ。こういう制度に乗っかったとき、たぶんいちばんこわいのは、決まった以上しかたがないと考えて、それ以上考えることを放棄して、決められたルールとゴールを遵守するいちばん常識的な人々で、そんなメンバーが半分以上占めると見るのが常識で、そんなメンバー構成の話になれば、話はどんどん陰惨になる。そうならなければ嘘だ。リアルでない。
問題は、そんな話を読みたいかどうかである。ぼくとしては、あんまり読みたくない。
本書の場合、1クラス42人の中に、そんな人間がほとんどいない。戦わないもの、逃げようとするもの、反抗するもの、いろんなタイプがいるけれど、はっきり言ってこの制度下ではみんな反政府主義者である。おまけに超人的な人間がごろごろいて、水際だった戦闘シーンを次から次へと披露する。中学3年生というのはやっぱり少し無理が過ぎるのではないか。高校3年生ならまだ納得しやすい。
それにしても、作者のスタンスはむしろモラリストの側にあり(むしろそこんところは牧野修の方があぶない)、それを不愉快だと言い放ち、返す刀で「ぼっけえ、きょうてえ」を絶賛する選考委員の心情というのは正直理解しかねるところではある。
ただし、ここまで爽快な小説は、どう考えてもホラーとはいえないと思う。
●『バトル・ロワイヤル』が中学生に見えないのと反対に、二十歳近いカップルが中学一年生レベルにしか見えないのが『ザンス12 マーフィの呪い』。今回は低調。おなじみの舞台にまたこちゃこちゃと小部屋を増やしているだけの感あり。
それにしても記憶力の落ちてくるとシリーズもののこれまでの人間関係を思いだすのにほんとに苦労する。まして、昔の記憶のほうがまだしっかりしているのに、3世代も経過してしまうと、たとえば7つくらいのイレーネのイメージあたりと、そのハイティーンの娘との関係性がなかなかぴんとこなかったりする。
●それでもザンスのような長篇はまだまし。読んでるうちにそれなりにホログラム的に記憶がもどってくるところがある。過去の物語の1シーンを怪談話に搦手からとりあげていく京極夏彦『百鬼夜行 陰』となると、思いだす前に話が終わって別のシーンに飛んで行く。小説に、というより自分の記憶に対してのもどかしさがつのる短篇集。
●『塗仏の宴』で憑き物が落ちたという人間もいる。これまでに比べると、これまでがこれまでだけに、全体にマイナス評価が若干強まってきた感のある京極だけど、『巷説 百物語』は『嗤う伊右衛門』関連の脇役陣を配した「スパイ大作戦」風からくり人情小説。京極堂がどんどん伝奇っぽくなっていく一方で、妖怪雑誌『怪』所載の連作に、こんなふうに、妖怪なんて人の心のなせる業、とやってしまうあたりの底意地の悪さはまだまだ健在ぶりをアピールしていると、まだしばらくは期待をもって追走したい。