内 輪 第109回
大野万紀
「スター・ウォーズ エピソード1」を家族と一緒に見てきました。どちらかというと辛口な評価を事前に耳にしていたのだけど、おなじみのテーマが流れるやいなや、全ての心配はふっとびました。ああ、やっぱりぼくには「スター・ウォーズ」への愛があるんだと、再確認。小学生の息子も、中学生の娘も、ほぼ同世代の嫁さんも、大喜びで楽しんだのでオールOKでした。ま、事前にビデオで過去のエピソードも見せておいたのだけどね。映画を見てから読もうと思っていた大森望訳のStar Wars Spoofを読み、爆笑。でも平気なのさ。ジャー・ジャーだって許しちゃう。ベン・ハーなレースもOKだし、ジャバ・ザ・ハットの奥さんはキュートだったし、食物連鎖な湖底のシーンも大笑い。ちなみにうちの子供たちにはC3POが裸だっていうのがうけていました。それはともかくとして、CGでここまで何でもできてしまうと、もはやSF映画で表現できないものなどないのではと思ってしまう。コードウエィナー・スミスやディレイニーやゼラズニイの世界を大画面で見てみたいよー! 「スター・ウォーズ」の宇宙は、地球港やバベル17やキャットフォームの宇宙と地続きなのだ。ぼくはそう思っているのです。
それではこの一月ほどで読んだ本から(読んだ順です)。
『キリンヤガ』 マイク・レズニック (ハヤカワ文庫)
原理主義的なユートピアが失敗する話。その間に起こる、いろんな悲劇について書かれている。中でも「空にふれた少女」は誰もが認めるだろう傑作だ。レズニックはお話作りがうまいんだよね。とても読みやすいし、テーマもはっきりしている。とりわけ「変化」の側に共感しがちなSFファンには色々と考えるネタを与えてくれる。それだけに、アメリカ人じゃない身としては、本来われわれにとってごく身近に感じるべき物語をここまで人工的に寓話的に作り上げられてしまうことに、ちょっと反感を覚えるところも出てくる。ここに描かれるキリンヤガは、キクユ族の伝統社会というより、ほとんどカルト宗教のコミューンみたいに人工的だ。実際の世界や日本で、中東やアフリカや、いやぼくら日本の現実の中にいるカマリたちが立ち向かわなければならないのは、もっとどろどろとして、あいまいな、敵の姿もはっきりしない、それでいて本書と同じくらい厳しい拒絶と抑圧なのだ。「伝統」だって、現実にはもっと柔軟で、それだけにもっと手強いものだろう。おそらくコリバが去った後のキリンヤガに、その「現実的で世俗的な」伝統社会ができあがるのだろう。そこに住むのはコリバの思うキクユ族ではないかも知れないが、ケニヤ人でもない、キリンヤガ族なのだろう。そして、聡明な少年少女に対する抑圧は相変わらず続いていくのだ。現実の世界と同じように。いや、本書が傑作だというのを否定するわけじゃない。でもぼくはレズニックがどうも今ひとつ好きじゃないのだなあ。
「ぼっけえ、きょうてぇ」 岩井志麻子 (KADOKAWAミステリ)
KADOKAWAミステリ・プレ創刊号2号に掲載された、日本ホラー大賞受賞作。60枚ほどの中編だ。明治30年頃の岡山の遊郭で話される怪談話。語り口は面白いし、水子を流す川の話など、どろどろとして土俗的な雰囲気がある。でも怪談としてはありきたりな感じで、語りの面白さだけで評価されたんじゃないかと思えてしまう。女の語る因縁話や思い出語りの方が凄みがあって、目の前で起こる怪談話はそんなに迫ってこない。佳作ならともかく、大賞というほどのものかなあ。ところで、これは岡山の話というより、実は作州津山の物語。で、地元出身者としては、ちょっと気になるところが色々とありまして、まずはいきなり方言が気になってしまうのだが、明治30年の作州の山奥なら、実はこっちの方が正しいということもあり得るので、まあいいことにしよう。それより、話の中で語られる具体的な地理的情報で、地元の者なら、ああ、あの辺りの話かとかなり舞台が特定できてしまうんだけれど、いいのだろうか。いくら昔の話だからといって、その辺りの無頓着さの方が、えれぇきょうてぇ気がするんじゃけど。
『スイート・リトル・ベイビー』 牧野修 (KADOKAWAミステリ)
KADOKAWAミステリ・プレ創刊号2号に掲載の、日本ホラー大賞長編賞佳作の作品。長編一挙掲載でお得です。うーん、大賞受賞作よりこっちの方がどう考えても良くできているぞ。でもホラーじゃないから、それでいいのかも。いや、ホラーはホラーなんだろうけど、SFホラー。テーマはまったくSFだもの。児童虐待がまず描かれる。とても現実的で悲惨な話だが、主人公が「なぜ人は子供を、最も弱い立場にあり、何の抵抗も出来ない幼児を虐待しなければならないのか」と考えた時から、SF的なテーマが現れる。児童虐待、サイコパス、レイプといったリアルな恐怖が描かれ、それはとても恐ろしいものなのだが、現実に存在するそれらをホラーといったらやっぱり違うでしょうね。そしてやがてホラーの対象となる超自然的なものが現れてくるのだが、作者がそれを扱う手つきはどうしてもSFのものだ。まあハードSFとはいえないが(突っ込んで考えるとあまりにも無理があるし)。でも先ほどの問いかけに、ある種SF的な答えが出ているという意味で、本作はりっぱなSFだといっていいと思う。
『トロピカル』 井上雅彦編 (廣済堂文庫)
異形コレクションの11。しかし、継続は力なりとはよく言ったものだ。季節感もあって、季刊雑誌みたいな感じ。で、今回は夏。熱帯。リゾート。トロピカル。個人的にはわりと好みのテーマです。印象に残った作品は、とにかく視覚的なイメージが強烈な倉阪鬼一郎「屍船」、ビクトリア時代へのオマージュと熱帯のエロティシズムをからめた北原尚彦「蜜月旅行」、この主人公を中心にした連作怪奇冒険ものがとても読みたい朝松健の室町ホラー「泥中蓮」(これってすごくハワードを連想したんだけど、気のせいかしら)、またぼくの感覚ではSFに分類される作品として、緑に覆われた東京が印象的な早見裕司「罪」、なんとなくクリスタルな草上仁「スケルトン・フィッシュ」、筒井康隆を思わせる不条理SFの田中哲弥「猿駅」も強く印象に残った。しかし、本書の最高傑作はなんといっても田中啓文「オヤジノウミ」でしょう。9巻に載った「ニグ・ジュギペ・グァ」もそうだったが、食事中や食事前には絶対に読んではいけない悪趣味でグロテスクな(でもなぜか笑える)作品。ホラーじゃないでしょホラーじゃ。「おぉ怖わぁ(笑)」という意味ではホラーでいいのか。うみうみ。変な人だ。
『みつめる女』 大原まり子 (廣済堂文庫)
作者いわく、ポルノグラフィをテーマにした短編集。とはいえ、そういう描写がしつこくあるわけではなく、ポルノというよりはちょっとエッチな小説という感じだ。SF的に一番面白かったのは女ばかりの未来を舞台にした「ハンサムガール・ビューティフルボーイ」。未来のごくありふれた日常を描きながら、意味の変わってしまった思春期のやるせなさ、せつなさが心に迫ってくる。現実につながるテーマでありながら、SFでなければ描けない作品だ。インド神話の世界を現代に重ね合わせる「妖怪デパート」もいい。一見おバカなようで、とてもリアルに現代を活写している。そうだよね、月並みな言い方だけど、現代は高度資本主義という妖怪が闊歩している時代なのだ。あと、耽美小説というのかやおいなのか何だか知らないけど、日本神話をモチーフに、どこか別の世界、別の時代のエロティック・ファンタジー「NAMELESS
LAND」も面白かった。でもJって、結局どうなったの?
『リメイク』 コニー・ウィリス (ハヤカワ文庫)
未来のハリウッドを舞台にした恋愛SF。というか、映画(特にミュージカル)に関するマニアックなこだわりが全編を覆っている映画(についての)小説。タイム・トラベルをからませたSF的な部分もあるのだが、これはあまり本気で読まない方がいいみたい。となると、映画への思い入れの強さによって好き嫌いの分かれる小説だろう。ぼくはあんまり映画を見ない人なので、どのページにもある映画への言及がわずらわしかったくらい。そこで表面のストーリーをさっと追っかけて終わってしまった。でも映画の好きな人にはまた違う感想があるだろう。巻末の超絶リキの入った大森望の訳注と映画解説はすごいと思う。可能な限り全部の作品をビデオで見たそうな。