みだれめも 第113回

水鏡子


 じつは『MOUSE』をまだ読んでいない。SFマガジン掲載時には、完結してから読もうと思い、完結したら載ってる号を抜きだすのがめんどうになった。
 そういうわけで牧野修をちゃんと読むのは今回が最初。
 『スイート・リトル・ベイビイ』をまずゲット。カドカワ・ミステリ、プレ創刊2号ホラー小説大賞授賞作一挙掲載お徳用号である。これで内田康夫が載ってなければ完璧なのだが。
 牧野修流「金色人」といったところ。文章がうまい。シーンの描出力には非凡なものがある。保健婦たちの仕事ぶりにしろ、児童虐待をめぐる書きこみにしろ、肌にまとわりつくような臨場感がある。この話を切り捨てた同誌収録のホラー大賞選考者放談会には、あっちこっちで非難の声があがっているけど、選者である林真理子がいうようにホラー小説にはある種の品位が必要だということを、ぼくは必ずしも否定するものではない。なにせクーンツやマッキャモンをホラーにしては品位がないと斬って捨てた前歴の持ち主である。とはいえ品位というものは、けっして書かれた内容に左右されるものではない。あくまで文体に反映される作者の格のようなもののはず。クーンツの品のなさについては『ウォッチャーズ』に降参したあたりから少し意見が揺らいできているのだけれど、小説の品格の点からいえば、クーンツよりも牧野修の方がずっと上に位置している。読んだことはないけれど、林真理子より上かもしれない。唯一読んだ『総門谷』から判断すれば高橋克彦より上だ。「蝉が耳鳴りのように鳴いている。狂え狂え狂えと鳴いている」なんて表現や、公園でこどもの爪を切ってあげるお母さんというイメージをずらして爪切りでこどもの歯を切ってあげるお母さんなんてシーンに作り替えることのできるセンスには、すげえなあと感動する。文字を使って皮膚感覚までたどりつく〈絵〉を書く技術はなまはんかなものではない。そんな味のある文章表現が書いてる中からどんどん生まれてくるのだろう。
 結果それが諸刃の剣になっているような気がする。
 枝篇がどんどん重くなる。いくつもの家族の悲劇が重なりあわずにそれぞれに、重く個別に存在感を主張する。メインストーリイにからまないところでドラマが物語られる。金城の性格やかれをめぐる話なんかすごくいい味を出しているのだけれど、その重みに見あうほど全体の物語に寄与することができない。いくつものエピソードが重い日常性を抱えこみ、机上論的SF系のメインアイデアがそれらを受け止めきれずにいる。細部まで力をこめたぶんだけ枝葉に未練が残りすぎ、かえって全体のインパクトを弱めている。天使と天使を捕食する天敵という構図がもっと前面に出てきたら面白かった。
 そのあたりの収拾の悪さは『リードワールド』や『アースウィンド』を読んだ頃のロバート・ホールドストックを思い起こす。知ってる?
 そういう意味で、それに今回読んだ三冊のなかではいちばんそうした弱点が強く出たという点で、長篇賞佳作の評価はやむをえないかなとも思う。もっとも大賞授賞作「ぼっけえ、きょうてえ」も短篇賞「お葬式」も、選者たちが舞いあがるほどすばらしいできとは思わない。少なくとも小説の潜在力では牧野修の方が上。
 追記。つい「金色人」と書いてしまった。ディックの「ゴールデン・マン」のことである。初読の印象が強い話は、どうしても最初に覚えたタイトルで話したくなる。

 『屍の王』はアイデアてんこもりSF関係なしホラー。これも展開的には『スイートリトル・ベイビイ』と似たような弱点をもつが、こちらはアイデアを畳みかけてあれよあれよと引っ張り回す、整合性より描写とスピード重視の作法の小説で、道も一応一本道。ただ最後の落ちがいかにもB級ホラーののりで、あそこはできればめぐりあいめでたしめでたし系の泣かせる話に落としてほしかった。そんなふうな落とし方もできそうな話なだけに。
 ソシュール/毒電波系というのは、どうやらこの人にとってみつけだされた最大の鉱脈になりそうな気配で、当分このオブセッションを抱きしめて創作に邁進しそうである。テーマとのつきあいかたという点で、ちょっとここ数年の石川賢の『虚無戦記』のシリーズ、ドグラをめぐる物語あたりを連想する。
 うーむ。牧野修が忍法帖を書くとすごいものができそうな気がする。この人の忍法帖だと、まずまちがいなく山田風太郎の『魔界転生』でなく石川賢の『魔界転生』になるはずだ。

 とりあえず、『偏執の芳香』が今のところベスト。大枠が安っぽくて、枚数不足で走りすぎてる気はあるけれど、そのせいで『スイート・リトル・ベイビイ』の弱点が緩和されているようにみえる。なによりいまの氏にとって、ソシュール/毒電波を頭から浴びることは快感でもあるのだろう。SFマガジン飛び石連載の「電波大戦」やその他の作品とどうつながっていくか、興味は尽きない。のめりこみの気配が感じられるだけに、足を踏みはずしてあっちに行ってしまうことだけはないよう祈りたい。

 それはそうと「TO HEART」でブレイクしたギャルゲーの新興勢力〈リーフ〉の出世作となったのが、毒電波ものの「雫」である。もしかしたらこれにこの人噛んでたりして。
 ないだろうなあ、そんなこと。


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