内 輪   第96回

大野万紀


 前回はほぼ2年分の読書録から引っ張ってきたのでかなりの分量になったけど、今回は大人しいもんだ。それにしても未読の本がたまってしまう。それも、ハードカバーばっかし。『あじゃぱん』とか『ホーリー・ファイアー』とか、『虚数』とか。いやいや『リトル、ビッグ』だってまだ読んでいない。次回はどれだけ消化できているでしょうか。

 ま、ハードカバーがなかなか読めない原因というのははっきりしている。電車の中で読みにくいからですね。ぼくの場合、読書時間というのは、ほぼ100%が通勤電車の中だ。家でじっくり読むということもないわけじゃないが、家の中より通勤電車の中の方が落ち着いて本が読める、というのはどういうことかしら。

 それではこの一月ほどで読んだ本から(読んだ順です)。


『反攻ミッドウェイ上陸戦(上)/覇者の戦塵1942』 谷甲州
 海兵隊によるミッドウェイ上陸戦。普通の架空戦記と変わらなくなってきた。でも、あくまで司令官レベルでなく、現場の視線で描かれていることには変わりない。それにしてもハスミ大佐の活躍が目立つ。『軌道傭兵』シリーズの時から、ハスミ大佐といえば野田さんの顔が張り付いてしまっているんですけど。

『ラヴ・フリーク』 井上雅彦編
 日本作家のアンソロジー。恋愛ホラーがテーマということだが、なかなか味わいのある短編がそろっていて、質は高い。田中文雄「怪魚が行く」はまさに怪物映画のノリで面白い。井上雅彦「赤とグリーンの夜」は恐ろしいことにクリスマス・ストーリイなんですね。吸血鬼ものに新しいアイデアを出した奥田哲也「スマイリング・ワイン」、語り口が魅力の魔女もの、久美沙織の「REMISS[リミス]」、独特な味わいのある皆川博子「砂嵐」などが特に印象に残った。

『侵略!』 井上雅彦編
 続けて今度はよりSF度の高い侵略ホラー・アンソロジー。これは前のよりもSFファンにはとっつきがいいだろう。かんべむさし「地獄の始まり」がまず淡々としていてとても怖い話。牧野修「罪と罰の機械」もグロテスクでいい。菊地秀行「雨の町」はホラーSFの雰囲気がある。大原まり子「不思議の聖子羊(セイラム)の美少女」は作者らしいバカSF。菅浩江「子供の領分」もしんみりとしたいいSFだった。

『カオスの紡ぐ夢の中で』 金子邦彦
 カオスと複雑系に関する日本の第一人者でSFファンでもある著者の、エッセイと小説が収められている。エッセイは短く、わかりやすい。ぼくの場合、どうしてもSFと関連づけして、この文脈でジャンルを論じたくなってしまう。小説は「カオス出門」と「小説 進物史観」の二編が収録されている。まあプロの小説ではないけれど、なかなか面白い。

『タイム・リーパー』 大原まり子
 巻末の解説はなるほどと納得するところも多いのだが、なんかちょっと違和感が残る。本書が「近未来SFアクション物」で「時空間SFの陳腐なテーマ主義」だって全然かまわないじゃないか、と思うのだ。タイム・パトロールほど時間SFにとって陳腐なテーマはありゃしない。SF的にシリアスに考えたなら、それがタイムパラドックスに対する論理的な回答じゃあり得ないのは明らかだ。本書の場合でも、彼らが守ろうとしているのがどの時間線なのか、多次元世界の無限の多様性を認めるなら、彼らの活躍は全然時間線を守ったことにならないじゃないか、などの疑問がわいてくる。いや、タイム・パトロール物の楽しみは、そういうところにはないのだ。それは本来、予定調和なSFアクションにしかならないものだからこそ、その陳腐さからの逸脱にそれぞれの作者が腕をふるう、そこのところが面白いのではないか。本書の場合、その逸脱が「愛」なのだろう。だとすれば、何とも大原まり子らしいといえよう。

『ライズ民間警察機構』 フィリップ・K・ディック
 『テレポートされざる者』の完全版ということだが、読んだはずなのに、すっかり忘れている。でもたぶん、読んでいてもいなくても大きな違いはないような気もする。はっきりいって失敗作。ストーリーはぐちゃぐちゃ、一貫性はなく、アイデアもこれというものはない。悪夢の不条理感覚にしても、確かにぞっとするような描写はあるものの、ディックのあの世界崩壊の凄みには乏しい。はじめに確固とした世界がないんだから、それが崩壊しようとどうってことないんだよねえ。ストーリーにしても100ページを過ぎたあたりで唖然としてしまう展開。ぼくは何か読み落としたと思ってもう一度読み返したよ。とはいうものの、話が後半に入ってからの展開はやはりぐいぐいと引きつけるものがあった。さすがはディック。牧くんの解説はディックへの愛が感じられてとてもいいけど、でもそれでどうなの、とも思う。

『反攻ミッドウェイ上陸戦(下)/覇者の戦塵1942』 谷甲州
 えーと前回の続き。ぼくは架空戦記マニアじゃないので、本書は普通の戦記ものとあまり変わらないように読めてしまう。まあ史実とは全然違う展開になっていることは間違いないのだけど、書かれていることはどこかの実際の戦場であったとしても違和感はないんじゃないだろうか(まあきっと、いや、これは架空戦記だからこそ、これこれしかじかなのだ、というようなことが実際にはあるんだろうな)。戦争スペクタクルはきらいじゃないんで、面白く読んだんですが、作者にはもっと違うものを期待しているのです。

『変身』 井上雅彦編
 こういうアンソロジーシリーズはとてもいい企画ですね。編者の前書きで、「星新一のショートショートコンテスト」や「ショートショートランド」がデビューという紹介が目に付く。このあたりはぼくなどには穴でしたね。そういうところから出てきた作家が今活躍しているということか。現在の日本SF(かどうか実はよくわからないが)のもう一つの流れとでもいえるのだろうか。どの作品も面白く読めたが、SF者として印象に残ったのは、斎藤肇「異なる形」。これなど『らせん』や『BV』と同じような、ハードSFとファンタジイの結合という趣があった。


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