大野万紀「シミルボン」掲載記事 「ブックレビュー」
理科年表を読んでみよう
『理科年表 第92冊(平成31年)』
国立天文台
『理科年表』とは、国立天文台が編集し、丸善から毎年刊行される自然科学のデータ集である。
といったことは常識だと思っていたのだけれど、『理科年表』なんて見たこともないという人もいるんでしょうね。年表というから、歴史年表みたいなものかと思っていた人もいるかも。これは毎「年」出る「表」なのだ。
かくいうぼくも、別に理科年表マニアというわけじゃない。ずっと以前は毎年買っていたのだが、たいていのデータがネットで見られるようになって、本として買ったのはいったい何年ぶりだろう。でもパラパラ見ていると、これがとても面白い。
というわけで、『理科年表』を読んでみよう。手に取ったのは最新版の2019年版。辞書を最初のページから順に読むという人はたまにいるけれど、理科年表に載っているのは、本当に数字ばかり(一部文章もあります)。読むというより、データを眺めるという方が適当だろう。
理科年表は、全体が「暦部」「天文部」「気象部」「物理/化学部」「地学部」「生物部」「環境部」そして「附録」の各章に別れて構成されている。「生物部」「環境部」というのは昔はなかったなあと思ったら、「生物部」は1984年度から、「環境部」は2005年度から追加されたとのことだ。
まずは「暦部」を見る。ここは地上から天を見上げて、2019年の太陽や月の位置(赤経・赤緯)、日の出・日の入の時刻、潮汐の情報など、新聞にも毎日載るような情報が一覧表になっている。さらに各惑星の毎日の位置や日食・月食など、古代の暦づくりの役人たちの伝統を受け継ぐような、いかにも国立天文台の仕事という感じの章だ。天体観測をするにも必要だろう。面白かったのは惑星の位置で、小惑星や冥王星はもちろん、エリスやマケマケ、ハウメアなど、冥王星の仲間の準惑星もちゃんと記されている。こんなのアマチュアが望遠鏡を向けても見られないだろうけど、今こっちの方にエリスがあるんだなと思うと、きっと嬉しいはずだ。
「天文部」。ここは惑星や衛星から銀河系外まで、これこそまさに理科年表のメインパートだ(とぼくは思っていた)。データばかりだけれど、そこから遙かな宇宙への想像を膨らませることができる。まず太陽系では、太陽、惑星、主な衛星、彗星の、軌道、質量、半径などの定数表がある。それから主な恒星、近隣の恒星の表。昔はこれを見ているだけでも遠い星の姿を思い浮かべて楽しかったものだ。超新星の一覧、連星の一
覧、そして新しいものでは系外惑星の一覧表。銀河系内の星団と、銀河の一覧、さらにその銀河が集まった銀河群、銀河団の一覧!(すごいスケール感!)。ガンマ線やエックス線を発している天体の一覧、パルサー、クエーサーの一覧・・・。
おなかいっぱいだ。ただ、最新版ならきっとあると思っていたブラックホールの一覧は見つからなかった。Wikipediaにはあるが、不完全とのことで、まだ理科年表に掲載できるほどの信頼性の高いデータがないのかも知れない。他には、人工衛星や探査機の一覧、天文学の歴史年表もついている。
「気象部」。ここには国内と世界の気温や降水量、風速の大きかった日の月別平均、雲量、雷、積雪といった気象データが集められている。気象予報のための元データとなるものだが、花の開花日や梅雨入り日、台風や気象災害の一覧も載っている。これを見れば「記録的豪雨」とか、「異常気象」とかいうことの意味が、実際のデータから明確にわかるわけだ。
次いこう。「物理/化学部」。ここと次の「地学部」のボリュームが大きい。昔の印象とはだいぶ違う。「物理/化学部」はまず単位系の定義から始まり基礎物理定数(光速とかプランク定数とか)、元素の一覧と続く。元素表にはニホニウムもちゃんと載っている。その後は様々な物質の密度といった機械的物性、熱伝導率や引火点、電気的/磁気的性質などの物性関係の表が続く。音の章には楽器の基本周波数なども載っている。それから光と電磁波の性質、X線の吸収率、レーザーの発信波長、屈折率といった光学的な性質を示す一 覧のあと、原子・原子核・素粒子の表が続く。放射性核種の壊変系列の図もあって、放射能の問題に関心のある人には基礎データを提供してくれる。
化学の部に入ると、比熱などの熱化学、電池や溶液の化学的性質、そして主な化学反応と化合物、化学式の一覧(いわゆる亀の子ですね)、生化学ではDNAやRNAの構造式、ホルモンやフェロモンの構造式も載っている。ぼくは化学にはとんと無知だけれど、このあたりの図は見ているだけで面白い。
そして最大ボリュームを占める「地学部」。地理の章には、世界や日本の川や湖、島や山、砂漠などの一覧がある。子どものころ、みんな図鑑で面白がって見たでしょう。その最新で詳細なものだ。海溝や海流の図もある。自然だけでなく、都市や遺跡の一覧もある。
そして質・量ともたっぷりあるのが、火山と地震の章だ。とりわけ、古代からの地震の年代表はすごい。ここは日本に住む人なら誰でも、じっくりと読む価値がある。地磁気と重力の章では地磁気の測定結果が詳細に示されているが、近年磁北極の動きがとりわけ速くなっていることが注目されるとあり、次の地磁気逆転の歴史と合わせてみると、そのうち(といっても地質学的なそのうちだが)何かあるのではと心配になってくる。太陽風と電離層のデータも詳細にある。磁気嵐による大災害も予想される今日(SFではそれをテーマにした傑作が書かれているが)、火山や地震と同様に、こういったデータを記録していくのも重要なことだなと思わせる。
「生物部」に入ると、まず生き物の形としてクラゲやヒトデの絵が出てきて、ほっとする。でもその後は植物などの分類表が続くのだが。
生殖・発生・成長の章には、1970年から2016年までの日本人の年齢別性別平均体位表というのもある。ぱっと見、この50年くらいの間でも、日本人は少しずつ大きくなっているんだなとわかる。また年次別の出生数、死亡数、人口といった統計表もある。細胞・組織・器官の章では、細胞成長因子・サイトカインの表が興味深かった。インターロイキンとか聞いたことはあるが、その分子構造や臨床応用などについてまとめられている。様々な症例への応用が期待されているものなのだ。遺伝・免疫の章ではゲノム、特に人の染色体と遺伝子についての一覧があり、知識がないのでわからないけれど、それなりに面白かった。生理の章には、人間ドックなどでおなじみ、血清・血漿成分の基準値一覧もある。人間だけでなく、色々な動物の血圧測定の一覧も面白い。代謝・生合成の章には、学生のころクレブス回路とか習ったけど、そういった様々な代謝・生合成系の回路図が並んでいる。これも見ていて面白い。最後に温暖化による生物・生態系への影響についてページを割いて記載されている。
「環境部」はその気候変動・地球温暖化のデータをまとめたものである。地球規模での各地の平均気温、海水温の変化、大気中二酸化炭素濃度、オゾン層の動向、大気汚染の状況、湖沼の水質やプランクトン濃度、赤 潮の発生、生物種の数、渡り鳥の観測結果、炭素や窒素などの物質循環、化学物質の許容濃度と発がん物質の一覧、放射線による生物への影響、廃棄物の発生量など、様々なデータが集められている。見ているだけで何とかしなければと思うようなものばかりだが、とにかくこういう科学的データをすぐに横断的に眺められるというだけでも『理科年表』にこの章が追加された意味は大きいと思う。
最後に「附録」。ノーベル賞受賞者と授賞理由の一覧もあるが、主に数学公式と三角関数表や対数表などの数表が集められている。対数表といえば、その昔は丸善の対数表にとてもお世話になったのを思い出す。パソコンや電卓ですぐに答えが出せるようになって、さすがに今ではこういう数表を使う人はほとんどいないんだろうな。
というわけで、ざっと『理科年表』2019年版を読んでみました。
こういった数字が必要になる機会は少ないだろうけれど、やはり1冊あると心強い気がする。何より宇宙から地球環境まで、網羅的でかつ深いデータの集積という意味で、すばらしい本だと思う。もちろんそのデータを実際に使おうと思うと、コピペできる電子版の方が便利だろうけどね。
(19年1月)