大野万紀「シミルボン」掲載記事 「ブックレビュー」

幻想の京都――ヘタレ学生は先斗町を飲み歩く黒髪の乙女に惚れた

『夜は短し歩けよ乙女』
森見登美彦


 森見登美彦の幻想京都小説(ぼくが今思いついた呼び方だ)には、いくつかの系統がある。そのひとつが、デビュー作『太陽の塔』から『四畳半神話大系』『四畳半王国見聞録』へと続く〈ヘタレ京大生〉小説で、その頂点に立つのが山本周五郎賞を受賞した本書『夜は短し歩けよ乙女』である。

 ちなみに幻想京都小説の他の系統としては、〈ヘタレ京大生〉ものと一部共通するが、より和風で幻想性の高い『宵山万華鏡』『聖なる怠け者の冒険』のような不可思議話(最新作『夜行』も、少し離れてはいるが、その系統かも知れない)、そしてとっても楽しい『有頂天家族』のシリーズがある。

 〈ヘタレ京大生〉ものは、主人公たち、頭のいいヘタレ学生たちの妄想めいた自虐的な青春が、とりとめなく切なく描かれる。それが実はとてもリアルで、そうなのだ、学生アパートやボロ下宿の一室での、ひたすら脈略もなく延々と羽ばたいていく友人たちとのバカ話、それって(ぼくは京大生じゃないけど)、何十年も前からほとんど変わらないものなのだなあ、とつい思い出に浸ってしまう。
 非常識で、おかしな友人や先輩たちのアホな武勇伝や、どこかで異世界に迷い込んだようなあり得ない冒険。彼らはもっと昔のバンカラとは違い、むしろオタクっぽい感じなのだけれど。そもそもいったいいつの時代の話なのだろうか。ケータイもインターネットも出てこないのに、それは現代の学生生活であり、かついつの時代でも(永遠に)同じ学生生活なのだろうとわかってしまうところが怖い。

 さて本書は、先斗町を飲み歩く黒髪の乙女の話、糺ノ森の恐るべき古本市の話、学園祭でゲリラ的に上演される「偏屈王」の話、冬の京都を襲うはやり風邪の話と、四つの話からなる連作長編である。
 いずれも傑作だが、ぼくは最初の先斗町の話で圧倒された。ほんわかした黒髪の乙女、いつものダメダメな先輩、そして空を飛ぶ男に、夜の街を走る三階建ての市電(様々な電飾がほどこされ、屋根には古池や竹林まである)、伝説の老人との飲み比べ。いかにも煌びやかで楽しげで、夜の京都の幻想に満ちている。いやあ堪能しました。
 登場人物や神様や、ダルマやリンゴや緋鯉のぬいぐるみのような小道具まで、すべてが奇蹟のようにつながって(そこには演劇的な作りを感じた)気持ちよく落ち着くところへ落ち着く。
 学園祭の章の、小さなダルマをぶらさげ巨大な緋鯉のぬいぐるみを背負って歩く彼女の姿も、ビジュアル的にステキだなあ。先輩じゃなくても惚れるよ。
 こんな女性はあり得ないとみんな言うけど、何だか既視感があるんだよねえ。ぽわんぽわんとした酒豪の女子大生。40年くらい前の京都に実在したように思うのだけれど、気のせいだろうか。

 本書は今度アニメ映画になるという。彼女がどのようにスクリーンで描かれるのか、とても気になる。

(17年2月)


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