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| ISBN978-4-488-65414-6 | ISBN978-4-488-65415-3 |
ラリー・ニーヴン&ジェリー・パーネル / 池央耿訳
『神の目の小さな塵』 新版解説
大野万紀
創元SF文庫
2025年9月26日発行
(株)東京創元社
THE MOTE IN GODS EYE by Larry Niven and Jerry Pournelle (1974)
お待たせしました! ついに復刊です。
一九七八年に邦訳され、とても評判になった本書ですが、その後長い間絶版状態になっていて、古本価格がとんでもないものになっていたとか。面白いと噂には聞いていたけれどまだ読んでいないという方、ぜひ読んでみてください。確かにやや古めかしいところはあるにせよ、今読んでも十分に面白く、楽しめること間違いなしです。とりわけ劉慈欣『三体』が面白かったという方には絶対お勧めです。
もう昔の版で読んでいるよという方に。新版は訳文に手を入れている上、モート人視点の章のフォントが以前と変わってとても読みやすくなっています。昔読んだ時はあまり気にならなかったものの、あれから五十年近くたって旧版を読み直そうとすると、年寄りの目にはさすがに辛い。読み直すのなら新版の方がいいです。
時は三〇一七年。銀河に進出した人類の帝国は各星系で植民と戦争を繰り広げ、今一つの反乱を鎮圧したところだった。トランス・コールサック星域にある惑星ニュー・シカゴで、巡洋艦〈マッカーサー号〉に乗った若き帝国宇宙海軍中佐のロデリック(ロッド)・ブレイン卿は反乱軍との戦闘に勝利し、大佐に昇進して艦長に任命される。その最初の任務は〈マッカーサー号〉の修理にあたり、乗客二人を同行させてニュー・シカゴから星域の首都ニュー・スコットランドまで届けることだった。乗客の一人は彼の昔からの知り合いで、人類学者の卵であるサンドラ(サリー)・ファウラー嬢、もう一人は反乱の首謀者とも疑われている豪商ホレス・ペリーである。
だがその途上、緊急指令が届く。正体不明の宇宙船が赤色超巨星〈マーチスンの目〉の伴星である黄色矮星〈モート〉の方向から進入中であり、ただちに調査せよというものだった。
かくて、人類とモート人の想像を絶するファースト・コンタクトの物語が始まる――。
本書に収録された浅倉久志さんの旧版解説にもあるとおり、ここからの展開こそが本書の真骨頂であり、ファースト・コンタクト・テーマの傑作ハードSFと呼ばれ、ロバート・ハインラインが「おそらくわたしがこれまでに読んだ最高のサイエンス・フィクション」と激賞し、ヒューゴー賞候補ともなった(ル・グィンの『所有せざる人々』に破れはしたが)所以である。本当にその通り。この後は状況があれよあれよという間に二転三転し、波瀾万丈な展開の中で、あっと驚くような真実が次々と現れ、モート人と人類との息を呑む駆け引きやその秘密の暴露、そしてその哀しい歴史と運命とが明らかにされるのだから。真相がわかった後も、気の抜けない駆け引きと目まぐるしく変転する展開は最後まで続いていく。それは本書の終わりで一応完結するのだが、続編へと続く種もしっかり蒔かれているのだ。
アメリカでの出版は1974年。ラリー・ニーヴンとジェリー・パーネルの最初の合作長編でもある。二人の合作はこの後何度も続き、名作と呼ばれる作品を数々と世に出してきたが、本書はその記念すべき第一作なのだ。合作の経緯などは浅倉久志さんの旧版解説に詳しい。もっと詳しく知りたい、執筆途中でカットされた部分や詳しい設定内容も知りたいという方は、本書の二十年後に翻訳された続編『神の目の凱歌』に「『神の目の小さな塵』合作ノート」が収録されているのでぜひ探して読んでみてほしい。
それによれば本書の宇宙史的な背景は概ねパーネルの未来史がベースになっており、オルダースン航法やラングストン・フィールドといった本書のガジェットもパーネルが考案しニーヴンと議論して詳細をかためたものである。この航法がもつ超光速移動の制限が、人類帝国のあり方を決定しているのだ。いっぽう、異星人であるモート人についてはその左右非対称な形態を含めニーヴンが主導権を取って決定していったようだ。実際、ここで描かれるモート人たちの(その真の姿がどんなものだったかは本書を読んでいただくとして)何ともキュートなこと! 手先が器用で何でもあっという間に改造してしまうとか。言葉を覚えるのが早いとか。まさにニーヴンの〈既知宇宙(ノウンスペース)〉シリーズに登場する様々な異星人たちを思わせるのだ。読者が人類帝国よりもモート人たちの方に感情移入してしまったとしても無理はない(そしてその運命に涙することになるのだが)。
パーネルは登場する各惑星の諸元やそこから想定される惑星環境、その生命や文化までも詳細に検討して設定している。そのほとんどは小説の中には出てこないが、例えばモート人の母星が登場するところでは、その星の質量、半径、重力、大気組成、公転周期、自転周期、軌道傾斜といった数値が延々と続くことになる。ぼくにはこのような描写がとても懐かしかった。昔の宇宙SFではこういうデータを詳細に書くのが当たり前だったのだ。今ならそれが特に小説の内容に関わるものでない限り、書かないかずっと簡単に済ますだろう。
年表によれば、一九九〇年にアメリカとソ連が連合国家(コドミニアム)となり(だから本書でもロシア系の人々が重要な役割で出てくる)、二〇〇八年にオルダースン航法が完成。二〇二〇年には初の宇宙植民地ができたことになっている。そして人類帝国ができ、しばらく平和が続いたが二十七世紀に分離戦争が勃発し、第一次帝国は終焉を迎える。二十九世紀に分離戦争が終結するまで暗黒時代が続き、三十世紀になって第二次人類帝国が建国され、銀河の再統一がなった。この物語はそのあとから始まるのだ。
この人類帝国というのがまるでいにしえの大英帝国のようで、いかにも大時代な貴族制の設定で描かれている(パーネルはそれにも意図があると合作ノートに書いているが)。そこは発表当時、多くの批評家に批判されたところでもある。とはいえ、それを支持する読者も多かった。若く無鉄砲な巡洋艦艦長、人間味のある航海長、元気で好奇心旺盛な士官候補生たち、そして威厳があり剛毅な提督……。
男ばかりの世界である。人類側で登場する女性は実質若く美しく活発な貴婦人サリーただ一人。自分の意思をもつ女性ではあるが、階級に守られ、その活動は周囲の男たちの認める範囲に留まっている。それに反発しても自分から抵抗することは少ないというお嬢様である。本書では性の問題も重要なテーマとなっていることから、五十年以上前の作品とはいえ、これには当時でも違和感があった(その分、モート人は女性中心なのだが)。
そんな、いかにもアナクロに思える登場人物たちであるが、読んでいる内にみんないい人に思えてきて親しみがわくのだ。初めはすごい悪人に思えた豪商ペリーも次第に商売熱心な面白いオッサンに見えてくる。
貴族制の銀河帝国といえば日本では田中芳樹さんの『銀河英雄伝説』が大人気を博している(ぼくもファンです)。本書の登場人物達はあの銀河帝国の英雄たちに重なって見えるのだ。とはいえ『銀英伝』では銀河帝国に対して民主制の自由惑星同盟があって、そっち側に主人公の一人ヤンがいることにより相対化されバランスが取られているのだが。
ところが二十一世紀の現代、まさかと思っていたパーネルの考えたことが現実になりそうで恐ろしくなる。「テクノ封建制」なんて言葉もあるし(ちょっと意味は違うが)。パーネルの未来史が本当にこれから訪れるのかも知れないと思うと、それはちょっと勘弁してほしいという気になる。
モート人の秘密とその人類への脅威についてはネタバレになるのでここでは書かないが、その背景には当時さかんに語られていた近未来の人類に訪れるだろうとされる一つの危機感がベースにあったことは書いておきたい。当時はそれが人類にとってとても重大な問題だと考えられており、それをテーマにしたSFも多く書かれていて評判だった。二十一世紀の現在、その逆転現象が起こっていて人類への脅威としてはやや薄れた感はあるが、より狭い範囲で見れば声高に言い張る人々もいるし、依然としてそれが重要であることには間違いない。だがそこには差別につながる問題をはらんでおり、SFで扱うにもそれなりの注意が必要だろう。
作者二人について、浅倉さんの解説以後のことを書いておこう。
ラリイ・ニーヴンといえば『リングワールド』や〈ノウンスペース〉シリーズで一世を風靡したアメリカのSF作家だが(ぼくもパペッティア人が大好き)、最近は(少なくとも日本では)あまり名前を聞かなくなった。そこで本人のサイト(https://larryniven.net/)を見たところ、まだまだ健在でご活躍のようだった。二〇二二年にも〈ノウンスペース〉の新作短編を〈アナログ〉誌に掲載している(スティーヴン・バーンズとの共著になっているが)。また二〇二四年のロサンゼルスのSFコンベンション〈LOSCON
50〉ではゲスト・オブ・オナーとなっている。二〇二五年現在で八十七歳のはずだが、お元気でなによりだ。
書き忘れていたが、日本との関わりについて。ニーヴンは二〇〇七年に横浜で開かれた世界SF大会「Nippon 2007」に来日され、エレン・ダトロウやジョー・ホールドマンと共に「短編はどの程度健康的か」というディスカッションに参加されたほか、サイン会にも参加されている。また最近では、二〇二二年の川崎で開かれた「はるこん2022」のゲスト・オブ・オナーとなりオンラインで参加された。この時は「はるこんブックス」から『デッド・ゲスト・オブ・オナーのスピーチ』という短編集も出版された。
ジェリー・パーネルの方は残念ながら二〇一七年九月八日に八四歳で亡くなっている。単独の作品は『地球から来た傭兵たち』を初めほとんどがミリタリーSFだが、人気があって面白いのはやはりニーヴンとの合作によるものだろう。本書『神の目の小さな塵』(1974)がその最初だが、その後も『インフェルノ―SF地獄篇―』(1976)、『悪魔のハンマー』(1977)、『忠誠の誓い』(1982)、『降伏の儀式』(1985)、『天使墜落』(1991)、本書の続編『神の目の凱歌』(1991)とニーヴンと多くの合作をものしている。いずれも大変面白く、『降伏の儀式』『天使墜落』は星雲賞を受賞している。ぼくが一番好きなのは『降伏の儀式』だ。なんせその異星人の姿というのがまさに意表をつくものだった。
一方でパーネルといえばもう一つの顔の方が有名(だった)かも知れない。それは初期のパソコンの時代に様々なパソコンや周辺機器をとっかえひっかえしてユーザーとしてレビューを行っていたパソコンおたくとしての側面だ。彼は一九七七年からパソコンを執筆に使っていたが、八〇年七月からアメリカのパソコン雑誌〈バイト〉に「渾沌の館にて」というコラムを連載するようになった。これは日本でも〈日経バイト〉誌に翻訳され、〈日経バイト〉が休刊した後もずっと継続され、最後はオンライン掲載となっていた(『続・混沌の館にて』『新・渾沌の館にて』)。ぼくもこのコラムが好きでずっと読んでいた。アメリカと日本では違いがあるが、あくまでユーザ視点で製品を誉めたり貶したりしつつとても楽しそうに愚痴を語る口調が好きだった。
2025年8月