ロジャー・ゼラズニイ追悼
 大ドラゴンたちの道路地図

 大野万紀

 早川書房「SFマガジン」96年2月号掲載
 1996年2月1日発行


 いっさいを超越し、すべてを知りつくして、大ドラゴンたちは道路地図を夢に見ながら、ベルクウィニスの上空で風に身をうかべている。

『ロードマークス』遠山峻征訳

 ゼラズニイが逝った。アメリカSFの神話がまたひとつ消えた。

 エリスン、ディレイニー、ゼラズニイ。今から二〇年ほど前、七〇年代の日本で海外SFをあさっていたぼくらにとって、この三人のアメリカ作家の名前は特別の響きを持っていた。それは一言でいうなら〃アメリカン・ニューウェーヴ〃というわけだが、六〇年代後半のアメリカSFを活性化させた、華やかで若々しくて新しい、とても〃カッコいい〃作家たちだった。以前ぼくはこの三人について、〃神話〃という切り口でまとめて考えてみたことがある。他の二人もそうなのだが、中でもゼラズニイこそ、まさしく〃神話〃にとりつかれた作家だった。そして、日本で最も多くの作品が紹介され、熱心なファンが多いのもゼラズニイだったのである。

 SFにおける〃神話〃ということについて、ここで念のために書いておこう。〃神話〃とは別に神さまの話ではなく、宇宙や世界の成り立ち、人々の文化やふるまいを説明するための、想像力が紡いだ根源的な物語だといっていい。科学も文学も、元は神話に行き着く。従って、そもそも神話とSFとはとても近しいものなのである。

 さあ、やっと要点です。それってつまり、SFでしょう? 科学と文学がそこから派生してきた根源的な問題状況。理性と感性を共に具えたヒト、つまり人間が誕生したその瞬間に、その存在に押しつけられた大問題。
 つまり、はじめにSFがあったのです。人間の置かれた状況がそもそもSFだった。

「科学と神とSFと」柾悟郎

 『わが名はコンラッド』、『光の王』、『ドリームマスター』、そして『ロードマークス』や『アイ・オブ・キャット』といったゼラズニイの作品は、いずれも人間の根源的な問題を、現代によみがえった力強い神話的な想像力でもって描いたSFだということができるだろう。「フロストとベータ」、「十二月の鍵」、「伝道の書に捧げる薔薇」といった、煌めくようなすばらしい中短編にも同じことがいえる。また、一見ヒロイック・ファンタジイに見える〈真世界アンバー〉のシリーズにしても、実際は神話的SFとして、この同じ流れの中で読むことができる。これらの作品に登場するのは、現代的に姿を変えた神々であり、彼らはちょうどベルクウィニスの大ドラゴンのように、時空を超越した視点から、〈真世界〉の道路地図を眺め、あるいは実際にその道路を歩んで(あるいは車に乗って)進んで行くのである。
 ゼラズニイのこれらのSFこそ、大ドラゴンの夢見る道路地図だったといえよう。そう思うと、写真で見る額の広い、いかにも理知的なゼラズニイの顔が、いっさいを超越し、すべてを知りつくしたお茶目な大ドラゴンに見えてくる。今ごろ彼は、ヴェルクウィニス(いったいどんなところなのだろう)の大空をゆったりと飛翔しているのだろうか。

 ゼラズニイの作品の最大の特徴に、その作品スタイルのいくぶん気取ったカッコ良さがあげられる。過度に文学的なわけでもなく、また安っぽいわけでもなく、文学性と通俗性のすれすれのところで語られる、そのスタイルの魅力。一歩間違えば悪趣味な装飾過多の文章になるところだが、ゼラズニイのハンドルさばきは絶妙で、危なげがない。『伝道の書に捧げる薔薇』や『キャメロット最後の守護者』に収められた中短編の、ほれぼれするような文章を味わってみよう。もちろん単なるコトバだけの問題ではなく、そこにはすばらしい感動を呼ぶ真実の物語がある。またキャラクターの魅力も大きい。ゼラズニイのキャラクターはみな個性的で、いささかお行儀の悪いところがあるが、人間的な魅力に満ち満ちている。人間ばかりではない。「十二月の鍵」の猫形態(キャットフォーム)や「フロストとベータ」の超未来の機械たちのような、人間の姿をしていないキャラクターたちの、せつなくなるほどのいとおしさ。ちなみに長編でも、魅力たっぷりの小道具たちが登場する。『ロードマークス』に出てくる〈草の葉〉や〈悪の華〉。〈真世界〉シリーズのトランプ。みんな印象的な小道具たちだった。もうひとつ、ゼラズニイで思い起こすのは、タバコを吸う主人公たち。〈真世界〉シリーズのコーウィンもヘビースモーカーで、中世的な異世界でカッコ良くタバコに火をつけるヒーローたちにはびっくりしたものだ。

 ゼラズニイはもういない。でも、ゼラズニイの作り出した神のようなヒーローたち、ヒーローではない人間たち、人間ではない生き物たち、生き物ではない機械たち、そして様々な異世界も、その歴史も文化も、ドラゴンも道路地図も、いつまでもSFファンの心に残っていくことだろう。

 1995年12月


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