ハヤカワ文庫JA総解説 PART1より

 大野万紀

 早川書房「SFマガジン」21年8月号掲載
 2021年8月1日発行


■結晶星団 小松左京
 表題作ほか四篇が収録された中短篇集である。「HAPPY BIRTHDAY TO・・・」は平凡な日常と巨大宇宙船が交錯する狂気の物語。「失われた結末」では戦時中の家族と現代が繋がるが、結末は失われている。「タイム・ジャック」は筒井康隆への返歌として書かれたえげつないハチャハチャSF。そして圧巻は中篇「結晶星団」だ。これはブラックホールが呼び出した科学の特異点に小松左京が正面から対峙した作品であり、その隙間にオカルト要素が入り込んでくると「ゴルディアスの結び目」へと発展する。実存という側面からはそれは『虚無回廊』へも引き継がれていくものだ。ハードSFというより、これらは小松左京なりの内宇宙へのアプローチであり、宇宙の法則に意味や実存を見いだそうとする試みなのだ。 (大野万紀)

■モンゴルの残光 豊田有恒
 著者の初めての長篇小説であり、渾身の改変歴史SFである。モンゴル帝国が滅びず、黄色人種がほぼ全世界を支配した二十世紀。差別される白人だったシグルトは反体制組織に加わり、タイムマシンを奪って帝国が分裂し、その支配がまだ不安定だった元朝末期の世界へと向かう。そこで出会ったのが、後に帝王となって帝国を再統一することになるはずの若き兄弟だった。
 やがて彼はこの二人の部下となり、次第に仇敵であるはずの二人に心を惹かれていく。だが歴史の荒波はわずかなきっかけを元にして否応なく世界を変えていくのだ。
 衰退し、滅びへの道を歩む大帝国の残光。本書はSFであると同時に重厚な歴史小説であり、そこに描かれた未来の姿には、今読むととても興味深いものがある。 (大野万紀)

 2021年5月


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