『NOVA 2019年春号』
 『Genesis 創元日本SFアンソロジー 一万年の午後』
 『万象』書評

 大野万紀

 早川書房「SFマガジン」19年4月号掲載
 2019年4月1日発行


 昨年末に相次いで三冊の日本SFアンソロジーが出版された。河出文庫の『NOVA 2019年春号』、東京創元社の『GENESIS 創元日本SFアンソロジー 一万年の午後』、そして惑星と口笛ブックスの『万象』である(『万象』は電子書籍のみでの出版)。『NOVA』と『GENESIS』は今後も継続し、SF雑誌に近い形態となることを目指しているようだ。
 『NOVA』が十人十作、『GENESIS』が(小説は)八人八作、『万象』にいたっては二十一人三十四作が収録されている。ところが驚くべきことに作者は一人も重複していない。作品は必ずしもSFに限られてはいないものの、SF・ファンタジー系の作者がこれだけ集まって、しかも個性的で読み応えのある、多様な作品を描き出しているのである。何とも豊饒といわざるをえない。

 主な作品に触れていこう。まずは『NOVA』から。ここには新井素子や宮部みゆきのようなベテランから、飛浩隆、小林泰三、小川哲といった日本SFの最先端を担う作家、そして柞刈湯葉、赤野工作、高島雄哉といった才能ある若手まで、大森望が集めた豪華メンバーによる作品が収められている。
 どれも面白いのだが、中でも特に印象に残ったのは、小林泰三「クラリッサ殺し」だ。一見レンズマンを扱ったパロディ風の軽い作品に見えるのだが、実に本格SFの傑作である。小川哲「七十人の翻訳者たち」は旧約聖書の翻訳にからむ奇怪な事件と、物語のゲノムを解析しようとする研究者との関わりを描く、これまた本格SF。柞刈湯葉「まず牛を球とします」はまずタイトルが秀逸。そこから奇怪に変容した世界が描かれていく。飛浩隆「流下の日」は近未来ディストピアものとして読めるが、はっと目に染みる色彩がとても美しい小説である。

 『GENESIS』には宮内悠介、高山羽根子、松崎有理、倉田タカシといった、主に創元SF短篇賞出身の作家が中心に収められている。久永実木彦「一万年の午後」のいかにもSFらしい抒情溢れる作品から、高山羽根子「ビースト・ストランディング」、倉田タカシ「生首」のような奇想小説、宮内悠介「ホテル・アースポート」の本格SFミステリと、こちらもバラエティ豊かだが、圧巻は堀晃「10月2日を過ぎても」だろう。老境に入ったSF作家の私小説風な日常から始まり、世界と内宇宙とが混交していく、重い読後感のある傑作である。執拗に描かれるのは老いと、想像力の問題だ。

 『万象』は日本ファンタジーノベル大賞受賞作家二十一人による、原稿用紙換算で千枚を超える膨大なアンソロジーだ。一応<恋人たち>、<働く人々>、<幻想博物誌>、<象を撫でる>、<停電の夜>というお題はあるが、SFやファンタジーの縛りはなく、作家たちが自由気ままに作品を寄せた同人誌という雰囲気がある。最も印象的だったのは、小田雅久仁「よぎりの船」だ。この世の物ではないものが視界をよぎるというありがちな物語が、力強いリアルな想像力によって遙かな高みにまで到達する。仁木英之「千秋楽」は中華歴史小説が結末でSFとなり、西崎憲「東京の鈴木」は世界の裏側で謎のままにエスカレートしていく不気味さが恐ろしい。斉藤直子「リヴァイアさん」も世界の不思議がコメディタッチに描かれていて楽しかった。

 2019年2月


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