レイ・ブラッドベリ主要邦訳作品解題より レイ・ブラッドベリ追悼特集

 大野万紀

 早川書房「SFマガジン」12年10月号掲載
 2012年10月1日発行


■『太陽の黄金(きん)の林檎』
 ショートショートというべき掌編も含む二十二編の短篇が収録されている。小笠原豊樹の流麗な訳文で紹介されたこれら初期短篇群はブラッドベリの日本での評価を不動のものとした。霧の夜、灯台の霧笛の音を慕って深海から訪れる恐竜の、深い孤独を描いた「霧笛」、思春期の魔女の恋心を流れるようなタッチでつづったロマンチックな(でも憑依される方から見たら迷惑な)「四月の魔女」、恐竜時代にタイムトラベルし、もし一匹の蝶を踏みつけてしまったらという「雷のような音」はまさしくバタフライ効果を先取りしている。太陽の火を摘み取って来ようとする「太陽の黄金の林檎」は科学の力強さへの賛歌であり、一方「空飛ぶ器械」では自分の発明が何をもたらすのか考えない無邪気さに鉄槌が下される。いつまでも歳を取らない少年を描く「歓迎と別離」や、世界の終わる日にポーチで縫い物をする女たちの「ぬいとり」など、異常な事態を平凡で素朴な日常性と対比させる話もいい。電流となって人々の暮らしを眺める「発電所」も好きな作品だ。

■『10月はたそがれの国』
 ハロウィンの習慣がまだあまり知られていなかった頃に訳された本書は、ジョー・マグナイニ(ムニャイニ)の幻想的なイラストとともに、怪奇・幻想の作家としてのブラッドベリを代表する作品集である。十九編が収録されているが、最も印象深いのは「みずうみ」だろう。十二歳の時に湖に消えた初恋の少女。大人になり結婚して帰って来たぼくは、あの頃のままの彼女と再会する。何度読んでも傑作である。「四月の魔女」と同じ〈一族〉がハロウィンに世界中から集まってくる「集会」、同じハロウィンに、「使者」では犬が墓場から秋の訪れを、衰退と死を運んでくる。事故を見に集まる野次馬の中には、いつも同じ顔ぶれがあるという「群集」、また子供の無邪気な残酷さを描く「二階の下宿人」や「小さな殺人者」(これらはホラーとしても秀逸だ)、死神を引き継いで大鎌をふるうことになった悲しい家族の物語「大鎌」、死後も生き続けようとする逞しい「ある老母の話」、ヒマラヤで風の谷を見た男のもとにやってくる「風」なども印象に残る。

■『ウは宇宙船のウ』
 「これは星やテニス靴のこと、主に星のことが書いてある短篇集である。この本を捧げるのは「過去」に首をひねり「現在」と取り組み「未来」に希望を持っている男の子たちである」と作者自身が述べるように、本書は少年少女向けに編集された自選短篇集であり、宇宙への夢や、恐竜や、テニス靴のような少年時代の思い出についての十六編が収録されている。とはいえ、宇宙船発着場で宇宙船乗りにあこがれる「「ウ」は宇宙船の略号さ」や、現代は石器時代から続いた人類の初期の時代の終わりだとする「初期の終わり」のようなストレートで前向きな話は少なく、夢を果たせない話や、誤って反科学的と評されるくらい懐疑的で皮肉な物語も多い。マクベスの魔女や禁書となった怪奇・幻想小説の作者たちが宇宙船の男たちと火星で戦う「亡命した人々」、止むことのない雨が降りしきる金星での悲劇「長雨」も印象に残るが、とりわけ人々が八日間の寿命しか持たなくなった灼熱と極寒の惑星での厳しい生き方を描いた「霜と炎」は本格SFの傑作といえる。

■『万華鏡』
 現代文学の作家を集めたヴィンテイジ叢書の一冊として編まれたブラッドベリ自選の傑作集である。二十三編が収録されているが、さすがに他の短篇集と重複する作品が多い。序文で文芸評論家のギルバート・ハイエットは、ブラッドベリはSF作家ではなく、ファンタジーの作家であると断言する。同意できるところもあるが、SFファンとしてはちょっと寂しい言葉だ。例えば本書の中で最もポピュラーで心に残る傑作といえば「万華鏡」だといえるだろうが、宇宙と地上を結びつけるこの感動はSFのものではないだろうか。子供の残酷さが自動装置と結びつく「草原」や、人の死に絶えた世界で日常を繰り返す機械たちの哀しい物語「優しく雨ぞ降りしきる」も、SFらしいSFだといえる。もちろん娘の死の病を月の光が癒す「メランコリイの妙薬」みたいな純ファンタジーや「すると岩が叫んだ」のような社会批判もあり、「たんぽぽのお酒」のように少年の日々を切り取った切ない物語もある。「すばらしき白服」など、コミカルな作品も楽しく読める。

 2012年8月


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