マイクル・クライトン 邦訳著作解題より マイクル・クライトン追悼特集
大野万紀
早川書房「SFマガジン」09年3月号掲載
2009年3月1日発行
■ジュラシック・パーク
南米コスタリカの孤島に建設されたアミューズメント施設ジュラシック・パーク。そこにはバイオテクノロジーで再現された本物の恐竜たちが飼育されていた。ところが開園を前に招待されて恐竜ツアーに出発した科学者や子供たちを待ち受けていたのは、コンピュータ・システムの異常による、恐るべきパニックだった。フェンスに閉じ込められているはずの恐竜たちが自由に動き回り、彼らに襲いかかる。主人公たちは知恵と勇気を振り絞ってこの恐怖に立ち向かいつつ、システムを復旧させようと必死の努力を続ける……。
傑作である。映画も傑作だが、原作はそれ以上の傑作だ。何より、タイムマシンのような超科学を使わなくても人と恐竜との遭遇が可能であるという、夢のようなSF的アイデアを広く知らしめたこと、そして当時の最先端の恐竜学により明らかになった、実にダイナミックでリアルな恐竜たちの描写が素晴らしい。手に汗握るサスペンスが見事に描かれているのはもちろんだが、それ以上にこういった描写がハードSF作家としてのクライトンの面目躍如というところだろう。また小型恐竜ヴェロキラプトルの恐るべき魅力を見せつけてくれたことも特筆すべき点である。
■ロスト・ワールド――ジュラシック・パーク2――
『ジュラシック・パーク』の続編である。クライトンが自作の続編を書いたのは本書が初めてのことだった。本書も映画化されたが、その内容はかなり異なっている。
ジュラシック・パークは閉鎖され、闇に葬られたが、コスタリカ沖の無人島には今なお恐竜が生息しているとの噂があった。調査に行った古生物学者のレヴィンが行方不明となり、前作の生き残りである数学者のマルカムらがその島――ジュラシック・パークの恐竜製造工場だった島へと赴く。さらにレヴィンの動きを追っていた製薬会社の一行もこの島を目指す。そこには遺棄された恐竜たちが自然繁殖し、弱肉強食の失われた世界{ロスト・ワールド}を築いていた。またも人間たちと恐竜たちの生存を賭けた恐るべき闘いが始まる。それは欲に駆られた人間たちへの、恐竜たちの大逆襲ともいえるものだった。
本作のキーワードは「カオスの縁」。恐竜の進化や絶滅に関するSF的な理論が、複雑性の科学や人工生命(A-LIFE)の理論を援用して描かれる。また狂牛病をもたらすプリオン感染の生態系への影響についても言及されており、追っかけのサスペンスと同様、ハードSFらしさもたっぷりパワーアップしている。
■恐怖の存在
地球温暖化問題をマスコミの作り上げた虚像であると断じたことで話題となった作品だが、本質的にはいつものクライトンらしいパニック・アクション小説である。
太平洋のある島嶼国家が地球温暖化により水没の危機にあるとして、CO2排出量の大きい米国を相手に訴訟を起こす。この訴訟に関わった主人公たちは、背後にいる環境保護団体が実は過激な環境テロリストと結びついており、金儲けのために人為的に洪水や津波を起こそうとしていることを知る。南極の氷床を破壊しようとし、大規模な気象災害を起こそうとする環境テロリストの凶行を阻止するため、主人公たちの命がけの戦いが始まる。
今では本書で指摘された地球温暖化に関する疑問点は大半が解消され、地球温暖化は実際に進行している事実であることがほぼ確定しているのだが、それでもクライトンが本書で指摘しているような、政治とマスコミが科学を利用してある種のプロパガンダを推し進めることの危険性は決して軽視してはいけないものだと思う。作者の言うように、どこまでが科学的データでどこからが政治か、そしてどこからがマス・ヒステリーなのかを、われわれは正しく見極める必要があるだろう。
2008年12月