内輪 第87回 (95年6月)

大野万紀


 震災の後、この数カ月の間にも例のオウムの騒ぎで日本全国いまだに騒然としております。もういいかげんうんざりな気持ち。オウムの件に関しては、富士山麓の秘密基地だの、オタク受けする要素が多く、SF的といえないこともないわけで、まあはしゃぎたくなる気持ちもわかるのですが、サリン被害者のことはもちろん、オウムの中の、あの人格を破壊された人々のことを考えると、やはり暗澹としてしまって、もう一つノリ切れないわけです。やっぱ宗教はちょっと……です。それにしても、SF的非日常性が現実の中に侵入してくると、どうも疲れてしまいますね。SF大会の合宿だけにして欲しい気もする。桂小枝じゃないけど、「非日常にもホドがある」という感じです。 ところで、大昔に「終末から」という雑誌があったのですが、その雑誌に、左翼過激派だけでなく、オタクやヒッピーや新宗教の連中までが一斉蜂起して革命を起こすという、マニアックな小説が載っていたのを思い出しました。オウムの人たちはあんなことを現実にしようとしていたのかしら。「Xデイ」の日、テレビの中継を会社に行く前のあわただしい時間に眺めながら、機動隊の目の前で、麻原が超能力で空を飛 んで行ったとしたら世界は変わるだろうなあ、とぼんやりと考えていました。「あ、空を見ろ!」「鳥だ!」「飛行機だ!」「いや、オウムだ!」ちゃんちゃん。オウムって空飛べるよねえ?
 五月の連休には久しぶりにSFセミナーにも参加しました。なかなか充実して、楽しかったと思います。あの後ぼくもインターネットに(というかWWWというやつに)はまってしまいました。会社のワークステーションからではなく、自宅のパソコンからインターネットに入るとは思っていなかったので、時代を感じてしまいます。それもメールやニュースじゃなくて、絵や写真が出るWWWだもんねえ。そんなもん、大学や会社の機械が使える人たちを別にすれば、自宅にINSや専用線を引ける金持ちかマニアだけのものだと思っていたもの。情報スーパーハイウェイが出来たわけでも何でもないのに、いつの間にか普通の電話線でここまでできるようになっちゃったんですねえ。やれやれ。
 このあたりの話を続けてもいいのですが、長くなるので、いつもの、この数カ月に読んだ本から、を始めましょう。


『黎明の軌道遊撃機』 谷甲州
 ハスミ大佐のシリーズ最新巻。シリーズの始まりから半世紀後の話になっていて、主人公たちの子供たちの世代の物語になっている。サスペンス溢れる技術的にリアルな描写はあいかわらずだが、今回は事件の動機がちょっと貧弱な気がした。ミステリ的側面がやや弱かったようだ。

『深海の怪物/チョンクオ風雲録7』 デイヴィッド・ウィングローヴ
 カーもディヴォアも出てこず、大きな展開もない中継ぎの章。ま、それだけ落ちついて物語が楽しめるということだ。暗黒街でのレーマンの不気味な台頭。キムとエリカの恋など。さて、これからどうなるのかな。

『魍魎の匣』 京極夏彦
 分厚い新書。テラさんや古沢が誉めているので読んでみた。なるほど、面白い。昭和二七年ごろを舞台に、怪奇小説な雰囲気を持ったミステリだ。江戸川乱歩とかああいうやつ。マッドサイエンティストものでもある。京極堂という探偵役の古本屋がペダンティックでいい。でも、絶賛するほどの作品でもないという気もした。何か、ああいう、ある種の型にはまっている、という感じ。

『マルチプレックス・マン』 J・P・ホーガン
 久々の文庫のホーガンだ。ミステリ仕立てで普通のエンターティンメントみたいな小説になっている。でもホーガンはこういう風にはなってほしくなかった。何だか妙に今風で、それがへたくそだ。未来社会の描き方がもうひとつ。「楽天的で単純」というのは、それ自体は悪いことではないのだが、それをむきになって主張されてはしらける。無駄遣いの奨励みたいなのはどうもねえ。中庸ということを知らんのかね。メインアイデアの方もあらが目立つ。ちょっとご都合主義だ。まあ、それなりに面白くは読めたのだが。もっとがちがちのハードSFの方が好きだ。

『サマー・オブ・ナイト』 ダン・シモンズ
 ブラッドベリを思わす中西部の子供たちの夏休みはとても情感があっていい。でも、ホラーとしては途中が少しかったるい。クライマックスへどんどん盛り上がっていくという感じではなく、日常がけっこう勝っていて、それが恐怖のベクトルを弱めてしまう。そこそこ面白かったが、作者は本当はスプラッターな現代風ホラーじゃなくて、ブラッドベリみたいなものが書きたかったんじゃないだろうか。怪物の正体はもう一つだ。

『日本SFの大逆襲!』 鏡明篇
 何が大逆襲なんだか知らないが、日本SFのアンソロジー。でも、やっぱり収録作にSFはほとんどない。ファンタジーに近い作品だが、佐藤哲也「ぬかるんでから」、北野勇作「ホテルさくらのみや」、かんべむさし「蛸の街」、椎名誠「水域」などが印象的だった。中でも椎名誠は恥ずかしながら初めて読んだのだが、さすがにずば抜けている。北野勇作もいい雰囲気があった。一方でSFはどうももう一つである。柾悟郎「テクストの地政学」がばかばかしくて面白かったが、堀さんも山田正紀も何か中途半端だ。SFはちっとも逆襲せず、ファンタジーばかりが元気だ、というところだな。

『タイム・パトロール/時間線の迷路』 ポール・アンダースン
 『タイム・パトロール』の新作というんでびっくり。でも、やっぱり地味な話だ。そこがいいんだけどね。それ以上の感想はなし。

『JM』 テリー・ビッスン
 ウィリアム・ギブスン原作の映画のノベライゼーション。「記憶屋ジョニイ」のシャープさはなくなって、気の抜けた話になってしまった。主人公が逃げ回っているだけの作品だ。そもそも何で脳にデータをダウンロードして持ち運ばないといけないのかしら? マイクロチップか何かで持ち運ぶ方がずっと安全じゃないのかねえ。そこのとこが理解不能。短編なら、それも気にならないのだけれど。ビッスンの才気はほとんど出ていない。ビートたけしの活躍も全然見られない(映画ではどうだか知らん)。

『黎明の王 白昼の女王』 イアン・マクドナルド
 ファンタジーというより、これはどう見てもSFというべきではないか。第四章はもちろん、第一章も第二章も、結局同じ流れの中にあるわけだから。とはいうものの、第一章と第二章の雰囲気には、とてもイギリスっぽい、というかケルトっぽいというか、いかにも正当なファンタジーの美しさがある。湿った森の空気の香りも感じられるような。そう、ちょうどキイス・ロバーツを思わすような文章だ。そしてホールドストック。『ミサゴの森』もそうだが、第四章なんて『ナイトハンター』みたいじゃないですか(違うか)。個人的には第二章が一番好きだ。ヒロインが最も魅力的に描かれている。ジョイス風の難解な文章と聞いていたので心配していたが、全然気にならなかった。傑作である。で、問題は第四章ですね。これはこれで好きなのだが、雰囲気ががらりと変わりすぎて、同じ作品として読むと違和感が残ってしまう。

『妖星伝 七/魔道の巻』 半村良
 妖星伝の最終巻が文庫になった。以前の話はさっぱり忘れてしまっていたのだが。しかし、この巻、物語はほとんど無きにひとしく、全編がこれディスカッションの思弁小説といったおもむき。その内容は仏教的に解釈した現代物理学・宇宙論・進化論、といったものだ。まあ、わりと通俗的でありきたりな感じではあるのだが、それでも作者がちゃんと科学を勉強して、それを自分なりに咀嚼しているのはりっぱだと思う。巻末の作者のSF論も面白い。

『内部の石/チョンクオ風雲録8』 デイヴィッド・ウィングローヴ
 いよいよ内部分裂と大きな変動が始まるというわけで、これから大いに面白くなるはずのところなのだが、話があちこちに飛んで行ってしまい、伏線がきいているのだかどうだか、こんがらかってついていけない感じだ。まあ面白くないわけではないのだが、惰性で読み続けている感じ。何でこんなに長くなるんでしょうね。

『バルタザールの遍歴』 佐藤亜紀
 ファンタジー大賞受賞作。文庫になったので読んだ。大戦前の欧州を舞台にした二重人格もの。ディテールは綿密だし、ストーリーも面白いが、もう一つわくわくするところがなかった。特に後半の展開がよくわからない、というか説得力に欠ける感じ。それと、肉体から分離した時に、霊体のようになるのかと思ったら、物理的実体があるようすで、その辺の描写がなんとも理解しがたいのだ。

『第三次世界大戦秘史』 J・G・バラード
 バラードの社会批評的な作品は、何だか薄っぺらな感じで、あまりバラードらしくない。「ウォー・フィーバー」「エイズ時代の愛」とか「世界最大のテーマ・パーク」といった作品がそうだ。「宇宙時代の記憶」のような作品にはいわゆるバラードらしさがあるが、時間に関するこのような強迫観念にはもうひとつ理解しきれないところがある。「精神錯乱にいたるまでのノート」といった実験作もよくわからない。やっぱり一番好きなのは「夢の船荷」だ。ここには昔なつかしいバラード・ランドがある。「航空機事故」や「巨大な空間」も面白かった。

『エディプスの市』 笠井潔
 だいぶ前に買った本だ。短編集。未来史ものはそれなりに面白い。ショートショートはつまらない。パリものは何だかよくわからない。野阿梓のリキの入った解説が面白い。

『リング』 鈴木光司
 ファンタジーノベル大賞優秀賞受賞作家のホラー小説。とても恐いと評判だったのだが……。ぼくがホラー小説に求める恐さというのは、やはりオーソドックスな怪談の恐さなんだろうと思う。モダンホラーがちっとも恐くないのはそのためだ。KSFAの夏合宿で北村くんが語る怪談話の方がずっと恐いよ。で、本書はストーリーテリングとしてはよくできていると思うが、そういう意味の恐さはない。死を呼ぶビデオの映像が不気味ではあるがさほど恐くはないように、物語そのものにサスペンスはあるが、恐怖感は少ない。ところどころ首尾一貫していないようにも思えるが、本書は基本的に超科学的であっても、超自然的ではないのだ。そういう意味ではむしろSFに近いといえる。そして皆が恐いという、ラストの恐怖は、実はホラーの恐怖ではなく、SFの衝撃なのだ。このテーマは、本来SFとして描く方が正解だったように思える。ストーリー上仕方がないとはいえ、死のビデオを信じてしまうという、本書の最も重要なポイントが、説明不足で強引すぎる気がする。

『恐竜クライシス』 ハリー・アダム・ナイト
 恐竜が大暴れするパニック小説。娯楽読み物としては良くできている。何だかやたらとエッチだし。でも主人公がちょっと変なやつで、ヒーロータイプではない。それと、SF的な深みは全然なくて(『ジュラシック・パーク』に比べてもそうだ)いかにもB級。なんというか、せこい感じ。恐竜への愛情が感じられないというのが致命的だよな。ま、それなりに面白かったから別にいいけど。

『ロケットガール』 野尻抱介
 可愛い元気な高校生の女の子が有人宇宙飛行をする話。『オネアミス』みたいに、ほんとに軌道に打ち上げられるだけの話だ。リアルなところはすごくリアルだし、マンガっぽいところはマンガっぽいし、とてもオタクな小説である。オタクなハードSF。人間ドラマの面ではおもいっきり荒唐無稽で願望充足、技術的な面ではおもいっきり細かくリアル。こういうディテールへのこだわりはオタクの特徴か。でもとても面白かった。やっぱりぼくもオタクの一員だってことだね。

『パラサイト・イヴ』 瀬名秀明
 第二回日本ホラー大賞受賞作。作者は東北大薬学部の院生。ミトコンドリアによる人間支配をテーマにしたホラー小説だが、主人公たちの研究生活のディテール描写がリアルで専門用語がばんばん出てくる。このあたりが新鮮で面白い。ストーリーテリングもちゃんとしている。でも、後半の、ホラー小説らしくなってからが、なんかありきたりなホラー映画の感じになってしまう。結局ホラー小説になってしまったのがつまらないといえるだろう。SFにすべきだったのだ! SFとして見たとき、やっぱしイヴがどうして意識を持ち、人間を支配できるのかといった中心の部分の弱さがつらい。ハードSFじゃなくてもいいから、そのあたりの理屈がつけば、立派なSFになったと思う。移植や培養に関する科学的に正確な描写と、イヴの描写の乖離が大きすぎるのだ。進化が一個体で生じるあたりもつらい。一地方都市ですべてが終わるのではなく、もっと大きな物語に連動し、発展していけば優れたSFになったはずだ。惜しいよー。作者には本書のSF版を書いて欲しい。


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