内 輪   第336回

大野万紀


 PCや家電製品が古くなって不具合が多発し、もう我慢できない、買い換える!といって注文したとたんに、何ごともなかったかのように動き出す現象がありますね。もうええ子にするから、捨てんとって! ってという感じ。そんなの信用できんわ。今さら遅いんじゃ。というわけで、PCのハードディスクを交換しました。もっと早くやっとくべきでした。

 今月は話題の映画を2本見てきました。どちらも自宅の近くのシネコンで上映されていて、シニア料金で見ることができました。

 一つは「ペンギン・ハイウェイ」。原作が大好きなので、ちょっと不安でしたが、問題なし。原作の雰囲気をきちんとアニメ化した傑作でした。ちなみに、シミルボンに書いたぼくの原作レビューはこちら。『ソラリス』へのオマージュも、奈良の地方都市(生駒ですね)の風景描写もステキでした。小学生たちも、お姉さんも、お父さんたちも、ペンギンも最高でした。
 もちろんアニメとしての脚色はあり、原作と全く同じというわけではありませんが、雰囲気はちゃんと伝えてくれます。特に郊外の住宅地や自然の表現はとても美しい。後半の展開にもアニメオリジナルなものがありますが、『ソラリス』を知らない観客にもわかるような、人知を越えた謎めいた存在(けれども科学的な研究の対象となりうる存在)のイメージが、静かな広がりを感じさせてくれます。これなら、お姉さんが(直接的に)どこから来たのかも、よりはっきりしますね。
 これは原作でもそうなのですが、お姉さんのオリジナルが(ペンギンも含めて)誰の記憶から来ているのかはやはり謎として残ります。アオヤマくん本人ではなさそう。これはぼくの想像にすぎませんが、たぶんアオヤマくんのお父さんじゃないかと思うのです。そして電車で行く「海辺の街」には神戸のイメージが。

 もう一本は「カメラを止めるな!」。すごく面白かったけれど、この作品はそれ以上のことを言うわけにはいかないのですね。でも一つだけ言うなら、監督ってホント大変ですね~。あ、スタッフも。当然、役者さんたちもみんなすごいのです。よくもまあこんなことをやったもんだ。
 最後はハッピーな気分になって終わり、評判どおりの傑作でした。観客も、前半はシーンとして見ていて、後半ではあちこちでどっと笑いが起こります。
 いや~、結果オーライですけど、冷や汗もんですよ。ぼくもプロジェクトが想定外のトラブルに見舞われて、その場の判断で臨機応変に対応しなければならなくなったことは何度もありますが、ホント、命が縮みます。

 それでは、この一月ほどで読んだ本から(読んだ順です)。

『猫を拾いに』 川上弘美 新潮文庫
 2013年に出た本の文庫化。ごく短い短篇ばかり21編が収録されている。基本的には軽めの話が多く、それも30歳前後の女性の恋愛を扱った話が多い。とはいえ、作者のことだから、不思議なことがてんこ盛りである。
 「誕生日の夜」は、みんなで集まってわいわいとにぎやかに楽しむのだが、なぜか知らない人(?)もいっぱい来る。プレーリードッグはベッドの上でぴょんぴょん跳ねているし、キッチンには地球外生物がいて洗い物をしている。ネチネチと嫌みを言うおばあさんは、地獄から来たのだそうだ。こういう雰囲気、昔の少女マンガにもあったけど、とっても楽しい。
 「新年のお客」の「あたし」は、5人で戦隊ものみたいなチームを組んで、クライアントの謎めいた依頼にこたえる仕事をしている。そして新年早々に受けたお客の依頼とは……。この変な依頼をした客は、どうやら宇宙人だったらしい。
 「猫を拾いに」は日常的な近所づきあいの話から始まるが、どうも様子がおかしい。老人だらけで人口が少ない、病院の奥は深い森で、田舎かと思ったら未来の東京だ。みんなの関心事は、プレゼントを何にするか。こういう淡々とした滅びのイメージには、心に染みるものがある。
 「ミンミン」には、文字どおりの「小さいおじさん」が出てくる。小さいおじさんは別に不思議な存在ではなく、みんなと普通に共存している。そして小さいおじさんの頭上に、夏のセミの声がうるさく響く。
 「金色の道」の「あたし」は、はじめて会った時、漣二さんから「どうしてそんなに緑色なの」と聞かれる。彼は人の顔にいろんな色を見ることができるのだ。あたしたちはつき合い始めるが……。
 「九月の精霊」では変則的に9月にお盆をすることになった家族の話だが、その日にはもちろんいろんな精霊が帰ってくる。伯父さんや伯母さんたちだ。みな家の中に好きな場所があるようで、たいがいそのあたりに佇んでいる。母親に見られても恥ずかしくはないというBL同人誌を伯父がじっと見ていると、やだ恥ずかしいと娘はいう。
 もっと普通の話もあるけれど、やっぱりどこか普通じゃない。いや、「普通」って何? と、そう問われているような気がする。

『巨神覚醒』 シルヴァン・ヌーヴェル 創元SF文庫
 『巨神計画』の続編。三部作の第二部である。ストーリーはそのまま続いているので、先に『巨神計画』を読んでおく方がいいだろう。
 今回も、書簡やレポートや手記、会話の録音などで構成されている。客観描写がないのだが、それでもわかりにくいことはない。
 太古から地球のあちこちに埋められていたパーツを集めて作られた巨大ロボット、テーミス。人間が操縦するようにはできていないこのロボットを、苦労して何とか動かせるようになったのだが。
 本作では、いきなりロンドンの真ん中に二体目の巨大ロボットが現れる。初めはただ何もせずに立っているだけなのだが、軍隊が早まった攻撃をしようとして、悲劇が幕を開ける。ロボットによる最初の攻撃で、十数万人が命を落とす。対抗できるのはたった一体のテーミスだけなのだ。その後、世界中の大都市にも同じような巨大ロボットが出現し、人類に対する大規模な殺戮が始まる。
 客観描写はないのだが、その場にいる人の手記などで、現場のリアルな描写があり、その恐怖は十分に伝わってくる。このあたりはうまいな、と思わせる。さらに人類の側に立つ、テーミスの操縦士たちにも悲劇は襲う。第三部へと続くようなSF的な大きな背景も語られるのだが、研究者たちのあいまいな想定として語られるので、そこは明確ではない。例によって、異星人の血を引くと思われる謎の人物の話で、何となく想像はつくのだが。
 しかし、主要人物たちもどんどん死んでいって、このままでは人類絶滅も近いと思わせたとき、そこに登場するのが、巨大ロボットを動かすために生まれてきたような少女、エヴァだ。名付け親がアニメオタクで、エヴァンゲリオンからその名をつけられた少女だ。そして最後の最後で、またとんでもない展開が待っている。
 第三巻は来年の春に訳されるという。正直、ずいぶんと乱暴なところもあるのだが、このシリーズ、エンターテインメントとして抜群に面白い。早く続きが出るのを待ちたい。

『パラレルワールド』 小林泰三 角川春樹事務所
 記録的豪雨と同時に発生した地震でダムが決壊、街は洪水に流される。若い夫婦と五歳の息子――お父さんの良平、お母さんの加奈子、そして息子のヒロ君の運命はその時変わる。一つの世界ではお父さんが亡くなり、もう一つの世界ではお母さんが亡くなる。そしてヒロ君は、分岐した二つの世界を同時に目にし、話をし、手に触れることができるようになったのだ。
 面白い設定だ。作者が小林泰三とくれば、とことんロジカルに(理屈っぽくともいう)この設定をつきつめ、SF的で驚くべき光景を見せてくれるかも知れない。だが、本書はそういう方向へは進まない。お父さんにはお母さんが見えない。お母さんにはお父さんが見えない。でもヒロ君を通じて互いの存在を確認し、変則的ではあるが家族の絆を復活させていく。悲痛ではあっても心の温まる物語が展開する。このまま家族の物語として、ほっこりしながら読みたいと思いつつ、やはり小林泰三、そうはいかない。
 後半、ヒロ君と同じような能力をもつ別の男が登場する。こいつは極悪非道なサイコパスで、しかも悪賢い人間だ。並行世界を同時に生きることができる能力を悪用して、殺し屋となっているのだ。その男が3人に気がついた。3人の側もそれに気づいた。そして本書の後半は、3人と男の、互いに知恵を振り絞っての戦いとなる。SF的で驚くべき光景というより、ミステリ的で驚くべき展開となるのだ。これがすごく面白い。男は悪人だがバカじゃないのだ。お父さんもお母さんも、そしてヒロ君も、自分たちにできることを理解し、徹底的に考えて互いに罠を仕掛け合うのだ。
 いつものグロ成分も少しはあるが少なめ。最終的にはハッピーに終わることを付け加えておきたい。

『未来職安』 柞刈湯葉 双葉社
 『横浜駅SF』で人気作家となった柞刈湯葉だが、本書はだいぶ作風が異なる。
 近未来のあるあるな日常をユーモラスに描いた連作短篇である。「未来職安」、「未来就活(目次は「未来公務員」とあるが、訂正の紙が入っていた)」、「未来家族」、「未来作家」、「未来医療」、「未来雇用」と統一されたタイトルの6編からなる。
 ベーシックインカム(ここでは生活基本金)が導入され、国民の99%が働かなくても生活できる〈消費者〉となり、1%だけが労働に従事する〈生産者〉となった近未来の日本。
 ロボットやAIの発達で、人間のする仕事がほとんどなくなったのだ。車は完全自動運転、配達はドローンの〈配達渡し鳥〉といった具合。こういう未来の個々の要素はSFというよりも経済誌などで言及されているものだが、それらをごくさりげなく日常のものとして描写し、さらにそのシステムのかなり深いところまで考えられていることがわかる。
 社会にある仮定を置いて、それを発展させる。SF用語で言えば「外挿(エクストラポレーション)」だ。もちろん、日本でのベーシックインカム普及後の社会が、人口の9割どころか99%が〈消費者〉となって、それでも経済が回っていくなんて、本当にあり得るんだろうかとか、疑問は残るものの、超光速で宇宙を飛び回るSFを受け入れられるのなら、大した問題ではないだろう。
 とはいえ、SFで近未来のディテールを描くのはかなり勇気のいることである。作者はそれに挑戦し、まんまと成功している。未来社会の考察は奥深いが、詳しい説明は省かれていて、ほのぼのと楽しく読めるのだ。
 主人公は目黒さんという20代の女性。大学を出て〈生産者〉として県庁に就職したが、3年後、理不尽な理由で退職することになり、紹介してもらった私設の職業安定所に再就職した。
 この職業安定所、何だか不思議な所だ。所長はなんと猫、それもロボット猫(ネコッポイド)ではなく、生猫だ。本当の経営者は副所長の大塚さんで、事務職の彼女を含め、3名(実質は2名)だけの職場だ。そこに様々な客がやってくるという物語である。
 何しろ、企業に勤めるような高度な専門職は、それ用の職業斡旋機関があるので、ここでユーザーに斡旋する職業は奇妙なものばかりである(それが未来には本当にありそうなもので面白い)。職安がまるで探偵事務所のような雰囲気で、それぞれの話から、この社会の実相が見えてくる仕掛けだ。ジェンダーの問題や、個人情報の保護の問題(GDPRがさらに進展したみたいな)など、さらりと書かれているが、最低限の知識や、それを未来社会へ適用する想像力は要求される。
 一番の謎は大塚さんだ。本書を読み終わってもまだ良くわからないので、続編があるのなら、ぜひそこで深掘りしてほしい。登場人物は、主人公も、大塚さんも、友人でとても知的な生産者のフユちゃんも、みんな魅力的だった。

『文字渦』 円城塔 新潮社
 文字、とりわけ漢字をテーマにした12編の、連作短篇集。表題作は第43回川端康成文学賞を受賞した。
 普通のストーリーがあるわけではなく、言語を書き記す記号としての文字が、独自に生き、発展し、宇宙を作っていくという物語である。秦の始皇帝の時代、未知の漢字があったという物語から始まるのだが、歴史や考古学の知識をベースにしながらも、その背景にはコンピューターと情報の理論があり、興味の中心はまさにSF的な、記号とパターンと構造が数学的に意味の(情報の)宇宙を作り上げるところにある。
 すごく面白いのだが、ほとんど悪ふざけといってもいい語り口で、頭のいい理系学生のバカ話に通じるものがある。ストーリーはないと言ったが、実際にはぼんやりとしたストーリーがある。遣唐使の境部から現代の山科に住むアーティストの境部さんに至る物語があり、漢字から別れて生きる、かなの物語がある。
 本書は、昔の日本の物語のように、ひとつの文章に他の作品の断片が重畳していたりする。それはオマージュというより、わかる人にはわかる、気が利いているね、といったものだ。つまり「趣向」、「本歌取り」というやつだ。
 それが、王羲之が天書の話を聞くときに現れるスペース・インベーダーのようにさりげないものだったり、もっとあからさまなユニコード戦争だったり、横溝正史だったり、さらにフレーズだけの小さなものならいくつも紛れ込んでいる。そういうのを見つけるのも楽しい。ほんと、お茶目なんだから。
 それはともかく、とにかくまあ読めない漢字がいっぱい。読めないだけじゃなく、こんな漢字、文字コードもなさそう。外字で表現するしかないだろう。イーガンなんかでわからないところは読み飛ばそうというのがあるが、そんな感じだ。だけどそこがキモだろうって。
 転生によって超光速を実現するというアミダ・ドライブが好き。『エンディミオン』の死んで生き返る宇宙航法に勝るとも劣らない。娑婆(しゃば)=サーバーなんてダジャレも好き。筒井康隆みたいな、ルビが本文から独立して自分の物語を語り出すのも可愛い。そんな読み方でいいのか。いや、これでいいのだ。


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