内 輪   第301回

大野万紀


 いよいよ今月はジョン・ヴァーリイ『汝、コンピューターの夢 〈八世界〉全短編1』が発売となります。どうぞよろしく。
 大豪雨災害があったり、巨大台風が来たりと、大変な9月でしたが、ぼくの住む西宮あたりはいたって平穏で、順調に秋が訪れています。今年は敬老の日と秋分の日が土日とからんで5連休になるシルバーウィーク。この名前はあんまり好きじゃないけど、ほぼ10年に一度しかない秋の5連休でした。
 ぼくは連休中も『〈八世界〉全短編2』の翻訳をずっとしていましたが、なんとかほぼ完了。タイトルは『さようなら、ロビンソン・クルーソー』となる予定。浅倉さんの訳されたもの以外は、改訳・新訳となります。いずれ詳しい情報が解禁となる見込み。
 その連休中、メインではないノートPCをWindows7からWindows10へ無料アップデートしました。はじめメモリが不足といわれてアップデートできず(メインマシンじゃないので、メモリを他に使い回していたのです)、メモリを追加したのに、それでも不足しているといわれる。どうやらチェックのタイミングがすぐに行われるのではないみたい。まあ何とか無事にチェックを通過し、その後のアップデートは意外と簡単に終了しました。
 デスクトップの見た目は、壁紙も含めて以前と変わらないのですが、実際にさわってみると色々と違和感が。まあ大きな問題はないので、後は慣れですかね。
 とか書いているところに衝撃のニュース。いつも年末にSF忘年会をやっている京都のいろは旅館が12月に廃業するとのこと。京阪三条の駅からすぐ、創業106年という旅館ですよ。青心社を中心に、関西の古手のSF者がずっとSF忘年会を続けてきたところです。さいわい今年は別の旅館が確保できたみたいだけれど。時代が変わっていくのを感じます。びっくりするなあ。

 それでは、この一月ほどで読んだ本から(読んだ順です)。

『筺底のエルピス2 -夏の終わり-』 オキシタケヒコ ガガガ文庫
 『筺底のエルピス』の続編。先に行っておくと、本書で話は終わらず、クリフハンガーな状態で第3部へと続く。
 異星人の超技術を伝える〈門部〉の戦士たちが、人類の滅びた未来と今との間の閉じられた時間線の中で、人類に憑依して殺戮の限りを尽くす〈鬼〉たちと戦うという異能バトルものだが、今回も〈鬼〉だけでなく、〈門部〉と同様に〈鬼〉と戦う第三の組織との、厳しい殲滅戦が描かれる。
 表紙はいかにもラノベっぽい水着の少女たちの絵で、お話も前半は、高校生の少年少女たちの夏休みという、ほのぼのとしてにぎやかな、ちょっとあまずっぱい雰囲気で描かれるのだが、それが一転、後半は激しく血みどろの、すさまじい戦いに突入していく。基本、相手が圧倒的に力をもっていて、負け戦である。もちろん希望――エルピス――的な要素はあるのだが、それにしてもとことん圧倒されていく。これはもう、早く第3巻が出ないことにはしょうがないだろう。
 ところで本書の異能バトルは、人間に埋め込まれた異星人の超技術から生じるものだが、細かくゲーム的といっていいような設定と制約があり、その制約の中でいかに知恵を絞って戦うかというのがポイントとなる。決して無敵万能な力ではないのだ。だがその内容は秘密が多く、まして相手側の能力は概略しか明かされていない。それは死闘の中で探っていくしかないのである。すごく不利だ。物語の中で明かされていないことは多く、とりわけ本書での戦いの中心テーマであるはずの白鬼の少女の件は、ずっとほっておかれたままだ。あちらこちらに何となく見える伏線っぽいあれこれは、どう回収されるのだろうか。やっぱり続編が早く読みたいなあ。
 それにしても前半の、高校生たちの夏休み、ペルセウス座流星群観望会、そして山の中のロッジでの合宿、いわゆる夏休み小説ってやつですなあ。よろしいなあ、とおじさんは懐かしく思うのでした。

『SF宝石2015』 小説宝石特別編集 光文社
 雑誌の形式だけれど、小説以外の記事などはなくて、ほぼ短篇集。新作読み切りの短篇10編と、ショートショート10編が掲載されている。
 ぼくのベストは、上田早夕里「アステロイド・ツリーの彼方へ」。著者の得意とする人工知能・機械系と人間のインタフェースを扱った作品である。宇宙探査用の人工知能を猫型ロボットに接続して1か月いっしょに過ごす。ストーリー自体はありがちで、とりわけ目新しいということはないが、後半に出てくるアイデアのひとつには、あっと思うセンス・オブ・ワンダーがあった。もしかしたらどこかに似たようなアイデアはあったのかも知れないが、少なくともぼくが読んだのは初めてだ。これはさらに発展が可能なアイデアだと思う。
 それから新城カズマ「あるいは土星に慰めを」。これも高校生の男女六人が異星人の意識と同期し、それを夢で経験するという、よくありそうな話だが、語り口が独特なのと、断片的に描かれるもうひとつの世界の破滅に向かって絶望感の漂う日常が印象的だ。
 藤崎慎吾「五月の海と、見えない漂着物」は、異星人たちが住み着いて人間に混ざって暮らしている、懐かしさを感じる一昔前の日本での、少年と異星人との出会いの物語(ボーイ・ミーツ・ガールではない)。これは連作なのだろうか。「風待町医院 異星人科」と副題がついている。
 田中啓文「輪廻惑星テンショウ」はそのまんまの話だが、よくこんなこじつけっぽい設定を考えるなあ。結末はあっけないが、面白かった。
 樋口明雄「地底超特急、北へ」は地底超特急で起こるパニックを描く、おそろしくストレートな話だが、迫力あり。
 ショートショートはどれもそれなりに面白かったが、何というか、これは短歌や俳句と同じようなひとつのジャンルになっていて、評価基準が異なるというか、切り取られたイメージを楽しむというか、うまく波長があえば、すごく面白い。不条理マンガを見るような。田丸雅智「泥酒」、井上剛「生き地獄」、森見登美彦「聖なる自動販売機の冒険」、江坂遊「闇切丸」などが面白かった。中でも森見作品は、彼の長編の1エピソードのようで、独特のいい雰囲気があった。

『伊藤計劃トリビュート』 早川書房編集部編 ハヤカワ文庫JA
 ぶ厚いアンソロジー。中編というべきボリュームの8編が収録され、しかも3編は長編の一部である。いずれも傑作・力作であり、とても読み応えがある。
 それぞれの作者の興味深いコメントが作品の後についていることから、「伊藤計劃トリビュート」ということを意識して書かれているのだろうと思うが、直接のトリビュートとなっている作品は少ない。しかし、テロリズムを中心とする21世紀的な、戦線のない戦争のイメージ、外部からの意識のコントロール、あるいは自意識というものの排除、そして少し方向を変えて、スチームパンク的な、非モダンな世界でのテクノロジーの暴走といった、伊藤計劃の作品に現れた問題意識やテーマ、雰囲気を、部分的には共有しているものだといえる。それぞれ『虐殺器官』、『ハーモニー』、『屍者の帝国』におおまかに対応する。
 そう言う意味では、本書の中で最も伊藤計劃を意識し、そのトリビュートを実現し、しかも大傑作となっているのが、伴名練「フランケンシュタイン三原則、あるいは屍者の簒奪」である。『屍者の帝国』の世界観を踏襲しつつ、フランケンシュタインの怪物=フローレンス・ナイチンゲールが英国に君臨し、人間の魂の真実を求め、そしてとんでもなく/すばらしく変化した世界を目の当たりに描き出す。キャラクターたちもかっこよく、ストーリーも意外で面白いが、何よりイーガン的でない、スチームパンク的世界観での「意識=魂」の扱いが『屍者の帝国』のさらに先をいっていてすばらしい。これは好きです。
 藤井太洋「公正的戦闘規範」も面白かった。スマホやドローンといったIT系小道具が近未来の中国での対テロ戦争でどう展開されるかというところも面白いが、何よりポイントは「公正的」というところにあり、戦争にルールを持ち込んで理不尽さや悲惨さを(少なくとも意識の上で)減じようとする。テロ戦争というのがそもそも不条理で理不尽で悲惨なものだから、それを少しでも減じようとする方向性が、それが実際にどうかは別にして、いかにも作者らしくて面白い。
 伏見完「仮想(おもかげ)の在処」は、ハヤカワSFコンテスト最終候補という若い作家の実質的なデビュー作だが、ベテラン勢の中でもよく健闘している。AIとして生まれた姉と人間の妹の葛藤という、特別な目新しさはない作品ではあるが、短篇としてよくまとまっている。
 柴田勝家「南十字星(クルス・デル・スール)」は長編の一部。未来の南アメリカでの、軍隊として組織された文化人類学者と難民たちという、民族学テーマのSFでもあるが、自己相というアイテムを用いて自己の外部化を図っている。『ニルヤの島』より面白そうだが、これがどう展開するのか楽しみ。
 吉上亮「未明の晩餐」はスーパー料理人のヒロインが未来のスラム化し分断された鉄道網の中で、死刑囚に最後の料理を提供するという、どういったらいいかわからないぶっとんだ設定の物語で、独立した作品として面白く読んだのだが、もう少しぶっとべば田中啓文みたいになったのでは。料理はとてもおいしそう。
 仁木稔「にんげんのくに」も長編の一部。これも傑作だ。〈HISTORIA〉シリーズの一作。南米の奥地で生きる、現代人のモラルとはかけ離れたグロテスクな暴力に満ちた生活を送る〈人間〉と自称する部族。その中で〈異人〉として生まれた少年の物語である。残酷で力強い中南米文学的な物語だが、そこにSF的要素が少しずつしみこんでくる。ぼくはその昔のマイクル・ビショップやル=グウィンの〈文化人類学〉SFを思い浮かべた。これはぜひ長編で読みたい。
 王城夕紀「ノット・ワンダフル・ワールズ」は、アップルやグーグルのような企業が支配するユートピア的未来で、その創業者の謎に迫ろうとする男の物語。ここでは人間の選択をコントロールする技術が、ある種の〈進化〉を促す。わりとストレートに伊藤計劃している作品だ。
 そして巻末の長谷敏司「怠惰の大罪」。これも長編の一部。キューバ革命が失敗した、もうひとつの時間線でのキューバを舞台に、麻薬戦争の中でのしあがっていく黒社会の王の、若き日の物語。並行世界が舞台でAIが重要な役割を担ってはいるが、少なくとも収録された部分ではSF味は薄くて、何とも骨太な、ノワールであり冒険小説である。暴力描写、残酷描写がすさまじく、登場人物たちの意識の強さもひたすらマッチョで強烈。お腹いっぱいになる。このまま進んでいくのか、大きな展開があるのか、これもぜひ長編で読みたい作品だ。

『イルカは笑う』 田中啓文 河出文庫
 ショートショートを含む12編を収録した短篇集。解説はなんと酉島伝法(+作者自身のコメント付き)。
 田中啓文といえば、ぐちゃぐちゃどろどろげろげろ、ぎゃはは、どばどばという感じの印象が強いのだけれど、いやもちろんそうやない作品、落語家ものや人情ものもあるのは知ってるけれどね、どうにも印象がね。
 だが本書にはそれとは違った傾向の作品も収録されている。食事中に読んでもーーいやとりあえず食事前に読んでもーー大丈夫な作品だ。
 その中でも傑作が「歌姫のくちびる」や「あの言葉」。
 特に「歌姫のくちびる」は、失踪したジャズボーカリストを探し出した音楽ライターが、ゴミ屋敷のような彼女のアパートで見たものは、というホラー小説だが、その語り口がすばらしい。
 「あの言葉」は反政府組織に所属していた女が後に権力を握り、タイムトラベルをして過去の真実を知るという、シリアスなSFで、重い衝撃がある。
 その一方で、これまでの印象通りの作品もあり、そっちでも傑作がある。
 手塚治虫トリビュートながら無茶苦茶な「ガラスの地球を救え!」
 織田信長が巨大化する、これは文句なしの大傑作「本能寺の大変」
 伊藤計劃トリビュートというならこの作品は外せない(うそ)「屍者の定食」
 巨人の星かと思いきや作者のおばか力が大爆発の「血の汗流せ」といった作品群だ。
 バラエティ豊かというか、豊かというほどではないかも知れないが、確かな幅の広さを感じさせる内容となっている。
 酉島伝法の解説も必読。


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