第52回日本SF大会 こいこん レポート

大野万紀


 今年の日本SF大会は7月20日(土)と21日(日)に広島で開催された、「こいこん」である。「こい」はもちろんカープなんだね。
 新幹線で朝10時には広島到着。平和公園をぶらぶら歩いて、会場へ。それらしい人が入っていくので会場はすぐにわかった。参加登録し、さっそくディーラーズルームへ。MIKAさんがいて、SFファンジンを売っている。SF評論の岡和田さんも売り子で、「大野さんに生意気と書かれた岡和田です」と初対面の挨拶。あれ、初対面だったかな。東京のSF大会で会ったはずだが、挨拶は初めてだったか。

平和公園 ディーラーズルーム 開会式

 開会式は、今の広島の風景の上に、SF映画やアニメに出てくる乗り物が普通に登場する短いCG映像の上映で、なかなか良くできていた。その後なぜか遊園地の怪人ショーみたいな演出があったりしたが、まあご愛敬。オープニングの後はまたディーラーズへ。水鏡子がいて、都築さんのところで水玉蛍之丞さんの「堺さんぽポストカード」なんてものを買ってしまう。

サイバーパンクの部屋
カワイイ侵略者

 午前は「サイバーパンクの部屋」へ行く。菊池誠さんと瀧川仁子さんが司会していた。小谷真理さんらはみんな不在(他のイベントに行っていて到着が遅れたらしい)。
 おもにPCの画面をプロジェクターで映してだらだらと話をしていた。サイバーパンクっぽいCMやら映画の予告篇を上映してこれは当たり、外れといっている。水樹奈々のPVは古いサイバーパンクのイメージ、カナダのサッポロビールのCMはサイバーパンクっぽいとか。マックスバリューのCMはサイバーパンクというよりトロンで、マツケンサンバのアンドロイドはダメ、新版のトータルリコールは素晴らしい、そして去年話題だった兵馬傭のポストカードはサイバーパンクっぽいなどなど。
 何がサイバーパンクなのかさっぱりわからないよねー。

 昼食は遠くへ行くのが面倒で、会場で売っていた弁当で済ます。
 午後は津田さんがコーディネートしたという大和ミュージアム館長の話を聞こうかと思ったが、津田さんとは会えず。しかし津田さんの奥さんのみーまさんが来ていて、手作りのお釜型UFOに、みーまさんのトレードマークでもあるネコっぽいぬいぐるみを家族のように乗せた可愛い乗り物を引っ張っている。今日のために3ヶ月かかって作ったのだそうだ。そこらの人にも、可愛い! これはカワイイによる地球侵略だ、と受けていた。
 後で津田さんに聞いた話では、大和ミュージアムの館長さんは、荒巻さんに架空戦記の元ネタを提供したり、自分で架空戦記を書いたりするような人らしい。知らなかった。

藤井太洋・バチガルピ

 結局大和ミュージアム館長の話には行かず、藤井大洋さんとパオロ・バチガルピさんのパネルに行く。
 藤井さんは仕事でベトナムから帰ってきたばかりとのことだったが、英語はぺらぺらで、バチガルピさんとも英語で会話、それを自分で通訳もする。通訳の女性もいたのだが、ちょっと詰まると藤井さんが自分で通訳したり、会場からフォローが入ったり。誰かと思ったら創元の石亀さんだった。
 最初は、タイやベトナムといった現地へ出かけた経験が作品にどう生かされるかといった話で、珍しい果物や、月曜には街中の人が黄色い服を着るイエローデイの習慣(黄色は国王の色で、ピンクは王妃の色だとか)があったりする、そういった現地のマインドセットを作中人物には取り入れたとのこと。藤井さんも以前にホーチミン市へCADのオペレータ指導に行っていた時、ネットワークがプアで各自が勝手にケーブルを引き、好きなようにつなぎ直したりといった、カオスなネットワーク環境を目にして、その中からインターネットとは別のネットワークが立ち現れるというイメージを感じた。だからあの小説の描写は現実に近いものなのだという。
 藤井さんは離島育ちで、小さい頃は台風で80%の作物が被害を受けていたのが、毎年の品種改良で次第に強い作物ができ、被害が目に見えて少なくなっていったことが印象に残っており、科学技術は素晴らしいと思うようになったとのこと。一方のバチガルピさんはヒッピーのコミューンで育ったので、有機栽培の作物を身近に見ていたのが『ねじまき少女』のアイデアの元になったという。そして、楽天的テクノロジーは面白い。テクノロジーがどう使われるかは我々自身の問題であり、さらにそのテクノロジーでどうやって儲けるかを(交配できない品種にするとか)考え始めるところが、まさに我々を映す鏡となるのだ、とも語った。
 藤井さんは、以前に致命的なセキュリティホールを見つけてそれをオープンにしたことがあるとのこと。当初非難もされたが、最終的にはきちんと対応された。それもテクノロジーを楽天的に見るようになった理由の一つだという。ただし、絶対に取り返しのつかないことも起こりえると認識していて、その楽天性というのは狭いエッジを登っていくようなスリルのあるものだとも。
 一方バチガルピさんは、自分の作品には悲観的な話が多いといい、それは現在の資本主義の、短期的な利益追求がディストピアへと向かっていると感じるからだ。ただ、バチガルピさんは巨大なアポカリプス的破壊には興味がなく、ごく小さなイベントが重なっていってそれが最悪の事態を招くということに興味がある。もっとも、それ以前と以後で物語の流れががらりと変わるようなアクシデントもある。そんな世代の分かれるポイントが面白い。それぞれの世代には断絶があり、見ているものが違う。そんなところに興味があるとのことだった。
 それから創作にあたってのツールの話になり、藤井さんがこのパネルの前に自分もバチガルピもパット・マーフィも同じツールを使っているとわかって大いに盛り上がったという話になる。それはScrivenerというソフトで、テキストエディタやWORDと違い、ひとつの大きなファイルを作るのではなく、小説の構造に合わせて構造化されたファイルを作るものだそうだ。バチガルピさんは初めWORDで頭から小説を書いていたが、主要キャラクターを変更したいと思い、他のキャラクターと関連しているところを探し出すのがとても大変だった。Scrivenerだと視点ごとにサブファイルとなっていて、簡単にそういうことができるし、行った変更もスナップショットで残っているので、後でまたそこだけ復活ということも可能。小説を書く上でそれがとても助かるとのこと。
 続編の話になり、バチガルピさんは『ねじまき少女』の直接の続編は書かないが、そのキャラクターを使ってインドを舞台にした話は書きたいとのこと。藤井さんは今国際宇宙ステーションへのテロの話を書いているそうだ。
 英語が中心のパネルだったが、とても聞きやすくて面白かった。

星雲賞受賞者のみなさん

  1日目の最後は大ホールで星雲賞授賞式。
  第44回 星雲賞は以下の結果だった。

 星雲賞の発表を見てから、水鏡子と青木さんと代島さんとで食事に行こうと会場を後にする。途中、大手町のビルの2階にある古本屋「古書あやかしや」へ寄る。ここはSF書が多いのだ。そこへ、米澤さんたちも現れる。みんなで一緒に食事へ行くことになって、6人で近所の居酒屋風の店へ。米澤さんと青木さんは手塚治虫ファンクラブのころからの付き合いだそうだ。そんなマンガやSFの昔話に話がはずみ、7時半ごろから10時すぎまでずっと飲み食いしていた。あなごが美味しかった。

星雲賞メッタ斬り

 2日目は 7時半ごろ起きて、ホテルの朝食をゆっくりと食べてから、歩いて会場へ。大ホールで、「大森望の星雲賞メッタ斬り!リターンズ」を見る。
 最初の方は聞き逃したが、八代さんが自由部門(iPS細胞)受賞者(iPS細胞の代理人!)として話をしていた。ノーベル賞の後追いじゃダメだ、2006年のマウスの段階で受賞したかった。でもその年ははやぶさだし、次の年は初音ミクだったので、仕方がないね、とのこと。
 次に情報処理学会のヴォーカロイド特集でノンフィクション部門を受賞した、産総研の後藤さん。まるで営業マンみたいな元気いっぱいのノリで、プレゼンテーションしたが、これはすごい。「研究者は不気味の谷を怖れてはいけない!」という発言は特に印象に残った。計算機が本当の意味で歌い出したら――人間の声でなければ聞く価値はないというのはすでに打破されたが、人間の作品でなければ聞く価値はないというのもどうなるか。その先は、人間の聴衆でなくてもいいというところへまで行くかも。これは後で登場した円城さんの問題意識とも合致すると思う。
 次に海外長編部門の翻訳者内田さん。経験から、星雲賞の海外部門を受賞する作品には法則がある。それは「SFが読みたい」の読者投票で、短編集と単行本を除いたもの。さらに文庫でなければならない。だから『オールクリア』は無理だ、ということだそうです。で受賞したスコルジーだが、定年退職して最初に読むべきSFである『老人と宇宙』のスピンアウト作品が10月に翻訳が出る予定とのこと。でも来年の星雲賞は結局ピーター・ワッツじゃないかなと大森望。
 最後に日本長編の円城塔。『屍者の帝国』の裏話など。受賞をニコ動で放送するのはいいが、大森望は本人も聞いていないのにすぐにアップしすぎだ。ニコ動といえば、大森家の子は自分でゲームをせずにゲーム動画を見ており、そういう子供が多いのだそうな。初音ミクでプロの音楽家から一般ユーザに音楽作りを取り戻したが、今度はその一般ユーザの中にすごい人が出てきて、またそれを見るだけになってしまう、それをさらにまたユーザへ取り戻すにはどうするのが良いか。円城さんはコンピュータで文章を書くのは当たり前すぎ、次はコンピュータが小説を書くことになる。自然言語とコンピュータの相性は良くないので、文章にも不気味の谷がある。SFの語彙を変換して純文学にする(編み物の用語など)のはもうやったが、今度は純文学の語彙をSFに変換したらどうなるかやってみたい、とのこと。
 八代さんによると遺伝子SFは多いが、そこで止まっている。しかしそこから先へ行くととても難しくなってしまう。でもジャンクDNAなどは面白い。「iPS作ってみた」、「iPSやってみた」という野良学者が出てくれば面白いが、生物系でそれをやるとやばいよね。
 円城さんの次回作について。言文一致に興味があり、宇宙人にとっての言文一致はどうなるのか。地球特有の言い回しを避けて、宇宙に通用するものを書くとのこと。「文学界」に書いて星雲賞を目指すのだそうな。面白い。

JGCの部屋〜アナログゲーム業界を語る 安田均さんと岡和田さん

 安田均さんが久しぶりにSF大会来ているというのでJGCの部屋を覗く。安田さんが70年代の、翻訳や海外紹介をしていたころの昔話をしていた。SF大会で吾妻ひでおに麻雀でボロ勝ちしてその場で絵を描いてもらった話なども。
 ゲーム界の今のはやりは人狼系のゲーム。アプリへの展開やボードゲームの復活、またモンスターメーカー25周年でいろいろやるとかいった話がされていた。
 パネル後、津田くんと共に安田さんにご挨拶。お互い久しぶりで、色々と話がはずむ。安田さんは今はSFというよりストレンジ・フィクションに興味があって、よく読んでいるそうだ。中でもディノ・ブッツアーティが素晴らしく、他にはダフネ・デュ・モーリアやイーデン・フィルポッツなど、古い作家だが面白いとのこと。
 そこにゲームライターでもある岡和田さんが加わる。安田さんから、最近のSFではミエヴィル『都市と都市』も読んだが、設定は面白かったがキャラクターがとても読みにくかったという感想を聞く。津田くんからは最近読んだミステリ仕立てのゼラズニイの話。それから「Science Fiction: The 101 Best Novels 1985-2010」というSFの紹介本を持ち出して、最近のSFの話も。安田さんもぱらぱらめくりながら、わーこんな作家が載っているんやと面白がる。そんな間にもサインが欲しい人が次々にやってきて、安田さんはとても忙しい。

翻訳の部屋: 大森さん、嶋田さん 日暮さん、中村さん

 安田さんとはその後、翻訳の部屋へ。大森望、嶋田さん、日暮さん、中村融に、平林くんが色々と聞くパネルだ。会場には内田さんやかじやすこさんもいる。
 SFとのなりそめはみな小学生のころ。大森さんは両棲人間1号、嶋田さんは火星シリーズ(講談社版)、日暮さんは箱入りのソ連SF、中村さんはSFのダイジェスト本。
 翻訳家を意識したきっかけは、中村さんは中学のころ、たくさんSFを買うと、伊藤・浅倉の名前が目立つことから。日暮さんも伊藤・浅倉は読みやすさが違うとわかり、嶋田さんは同じ火星シリーズが講談社版と創元版(大人向けだが)で全然違うところから。大森さんはSFMで翻訳家のコラムを読んで。
 翻訳家を目指したきっかけは、嶋田さんはサラリーマンがイヤで翻訳学校へ行ったこと。日暮さんは物理の研究者になるか迷ったときにクラブの先輩の影響で。大森さんはダーコーバーから。
 原書を読み始めたのは、中村さんは本屋のワゴンにはベストセラーしかないとわかって。大森さんはKSFAのNOVAで洋書注文の仕方を読んで。矢野徹の「あなたもSF翻訳家になれるわけではない」にも刺激を受けた。
 洋書好きにも紹介するのが好きな人と翻訳するのが好きな人がいて、それぞれ違う。翻訳家になるには人脈が大切。翻訳学校は良い翻訳をする上ではあまり役に立たないが、悪い翻訳、やってはいけないことは教えてもらった。中村さんは伊藤、浅倉の翻訳と原書を徹底比較してみた。とにかく数をこなすこと。若い人の翻訳を見ることがあるが、翻訳以前の英文解釈のレベルで間違っていることが多い。それに無駄な言葉が多い。例えば水色とすればいい所を薄い青色としたり。
 会場から、かじやすこさんが、「女子校だったので」SF仲間もおらず、柴野さんに出会ってSF翻訳を指導してもらわなければSF翻訳家になっていなかったとしきりに「女子校だったので」を強調していた。

 昼は広島お好み焼きを食べたかったのだが、行列ができていて30分待ちだというのであきらめ、お土産にもみじまんじゅうを買う。
 最後に大ホールへ。シール大賞というのがあって、中に大森キリカ賞とあったので驚いた。キリカちゃん、可愛くなったなあ。女子力が爆発だ。
 センス・オブ・ジェンダー賞。今年はパット・マーフィーも来ての授賞式。萩尾望都が生涯功労賞、須賀しのぶが受賞。
 次に波津さんが出てきて、「SFファンジン」がらみのレトロ星雲賞や空想科学小説コンテストの発表。
 そして暗黒星雲賞はやっぱり心がなごむ。ちなみに会場のすぐ満杯になるエレベータが受賞していた。

ライブペインティング中の加藤直之さん センス・オブ・ジェンダー賞 コスプレは「モーパイ」の女の子

 いつものように、見たい企画が重なって見られないというやむを得ない問題はあったけれど、素晴らしい大会でした。スタッフのみなさん、お疲れ様でした。良い大会をありがとう。
 来年は筑波か。再来年は鳥取の米子。米子で「都市型大会」ってどうなの? でも行けるものなら行きたいなあ。


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