ウィアード・インヴェンション〜戦前期海外SF流入小史〜068

フヂモト・ナオキ


ドイツ編(その二十一) アドルフ・ウツアルスキイ/秦豊吉訳『映画大撮影漂流奇譚』Kurukallawalla : eine sensationelle Geschichte

 『世界ユーモア全集5 獨逸篇』改造社、1932年所載、ウツアルスキイ『映画大撮影漂流奇譚』といえばUMAモノである。箸休め程度の出演で、ほぼ意味ゼロだがな>大海蛇。しかし、単行本表1からすれば、実は足もあるらしいのでこれは恐竜モノだと主張してみるのはどうか。←いや、だから場面転換のツナギに出てくるだけだってば。

 世界の恋人、誰もがあこがれる可憐な映画女優ズウザンナ・ザズンニ。その実、人妻で夫がうっとうしくてたまらない、ってんで、新作映画『孟買の黒死病』をナポリロケで撮影することにしてドイツを離れる。それが途上、嵐に遭遇して、地中海を逆走、ジブラルタルを越え迷走したあげく、洋上で巨大生物に邂逅。

「驚くのも、無理はございません。『オオロラ』号の前方、約百米の海面に、今しも姿を見せたる巨大な怪物。耳を劈くが如き唸りを挙げつつ、雲突くばかりに、によつきり立てたは、恐ろしい鎌首。かつと明けたる大きな口には、歯がありませんが、口の周囲に、蛇のやうに蜿つてゐる髭が一杯。見るも物凄い、この口から、間歇泉のやうに、どどつ、どどつと、泥やら、水やら、臭いやつを吐きだして、縦横に揺れる『オオロラ』号と、死人のやうな顔の皆さんへ向つて、遠慮会釈なく、吹つ掛けます。血走る眼からは火花がしゆうしゆう、浪間に消えて白煙。」

 と、華々しく登場した大海蛇。

「やうやくの事に、何キロメエトルといふ、大きな大きな、谷のやうなその口から、何物とも知れず、ただ真黒な、無暗にでかい塊りを、地震のやうな大音響、げえつ、があつ、と嘔き出しました。そこで、やうやく、海蛇先生、ほつと安堵の吐息を洩らし、にやりにやりと笑ひながら、千尋の底へ帰りました…」

 で、この吐き出された巨大な塊に船は衝突、船の乗員は昏々と深き眠りに陥り、めざめると、そこは珊瑚礁、そして隣接する絶海の孤島。

 ええ、それっきり海蛇は出てきませんが、何か。

 あとは普通にロビンソナードとして、孤島生活がはじまる。島には、御馴染、人食い人種が棲んでて、当然女優はさらわれます。見事救出に成功するヒーロー役(ただし性格は内向き)の美男男優マホメット・デ・シュトラウスを女優が蹴って、現地人の酋長と駆け落ちするのがユーモア小説として紹介される所以。

 世界の恋人が行方知れず、ってことで、全欧が泣いた。というか、大騒ぎになって社会不安が生じたことから、連合艦隊が編成されて捜索が行われるが、せっかくだから戦争がしたいなあ、とか艦隊に加わった各国司令官の間にいろいろな思惑が…ってな間に、世界中の海から湖沼から探索しまくりのズウザンナ嬢の夫ミユツシエンボルンがいち早く、島に到達、マホメットと対決することに。
 そんな馬鹿な展開にはちゃんと説明が。←ちゃんとか。

…二人が、世界地図にも載つてゐない、名も知れない、絶海の孤島に於て、計らずも、めぐり逢つたのでございました。まことや、意外千万な邂逅で、小説にもないやうな珍しいお話でございます。でげすから、御当人のお二人さんでさへ、暫くの間と申すもの、これが果して本当の事実だらうか、この物語の作者の奴が、好加減に作り出した、出鱈目ではなからうか、と思ひになつた位で。

 作者アドルフ・ウツアルスキ Adolf Uzarski(1885〜1970)はドイツの作家で絵やイラストも手掛けていた人で、オットー・ディックスと交流のあった人物、というかネットではディックスによる肖像画が出てくるわけで、近代美術史の方面からなんか言及されてそうなもんやが、ほとんど見つけられず。いや、なんかもっと別の読み方で定着していて目に入ってこなかったってことかも。村山知義の「万国美術展覧会の新運動」<解放>1926年11月では「ウザルスキイ」として言及されるし。

 邦訳は同じ『世界ユーモア全集5 獨逸篇』に『天国ホテル』Das Hotel zum Paradies があることぐらいしか知らんっ。しかし秦豊吉、ヘンなものを読んでるなあ。


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