内 輪   第242回

大野万紀


 京フェスでホーガン追悼の話をしましたが、ホーガンといえば思い出すのは「ホーガン贔屓」という言葉(これは京フェスで日暮さんが言っていました)と、「ホーガン投げ」というのも印象に残っています。確か、昔の京フェスでやっていたような記憶があって、Twitterで尋ねたら、神北さんに教えてもらいました。名古屋のダイナ☆コンで企画にしたが、試しにやってみたらあまりにつまらなかったので、やめたそうです。
 それを見た人が、京フェス合宿の大広間でやったのかも知れないなあ。

 それでは、この一月ほどで読んだ本から(読んだ順です)。

『LIMIT 3』 フランク・シェッツィング ハヤカワ文庫
 3巻目は、また少しペースダウンして始まる。 冒頭、えんえんとアフリカの小国の血塗られた歴史を語られるのには参ってしまう。
 追いつ追われつが始まってからは息もつかせぬ迫力なんだけどねえ。
 後半になって、ついに物語の全貌が見えてきて、月と地球のストーリーがつながる。そして月でもいよいよアクションシーンが始まるのだけれど、うーん、肝心なところは4巻に続くか。

『LIMIT 4』 フランク・シェッツィング ハヤカワ文庫
 4巻目は、月が主な舞台。
 月面ホテルでの火災、ヘリウム3を採取する巨大なロボット採掘機。月面での追跡行。月面の描写はリアルで、アクションは強烈、クリフハンガーの連続。
 というわけで大変面白かったのだけれど、とにかく長すぎて、読むのに疲れる。息が続かないよ。
 この長大な物語のわりには、真相はそんなに驚くべきものではなく、ちょっとがっかり。登場人物や出来事間の関係性が、結局偶然だったりあんまり密結合でなく、たまたまそこにいたとか、そんな感じのものばかりなので、あんまりすっきりした感じがしない。また、そんな互いにあまり関係のない人物たちの過去や人物像を、やたらとくだくだと掘り下げすぎ。ストーリーに関係ないじゃないですか。この四分の一の分量で書かれていたら傑作だったかも知れないのに。

『人造救世主』 小林泰三 角川ホラー文庫
 新シリーズの開幕。仮面ライダーや戦隊もののノリだろうか。悪の組織で改造されたヒーローの話、のようだ。
 過去の偉人たちのDNAをもとに作られたクローンを人体改造し、超能力を発揮できるようにした悪の組織。改造人間には量産型の戦闘員たちと、ナンバーがつけられた個性のある怪人たちがいる。一桁ナンバーのヴォルフは、組織を逃れ、人類を救う英雄となるため、壮絶な戦いを始める。
 奈良旅行をしていた女子大生のひとみと留学生のジーンは、この戦いに巻き込まれ、ヴォルフに助けられる。怪人たちは古都の寺院を破壊し、人々を虐殺していく。ひとみとジーンが、ヴォルフの正体を知るところで、次回へ続く……。
 まあ、ヒーローものというよりは、色々と作者らしいイヤな描写や展開があって、ブラック・ユーモアというか、悪趣味というか。アクションシーンより、おバカで妙に理屈っぽい会話シーンが延々と続き、何を考えているんだこいつら、そんなことよりもっとやるべきことがあるじゃないか、と読者をいらつかせること請け合い。
 悪の組織の方はわりとしっかり描写されているが、対抗する組織は何だかよくわからない。次回からそっちもちゃんと活躍するのかな。

『ここがウィネトカなら、きみはジュディ』 大森望編 ハヤカワ文庫
 SFマガジン創刊50周年記念アンソロジーの2巻目。編者の十八番、時間テーマ編だ。
 F・M・バズビイの表題作の他、テッド・チャン「商人と錬金術師の門」、プリースト「限りなき夏」、マッスン「旅人の憩い」といった傑作や、イアン・ワトスンの作品など13編が収録されている。
 ストレートなタイムトラベルものというより、時間がループしたり、断片化したり、何だかよくわからない状態になったりと、ちょっとひねった作品が多い。
 テッド・チャンはとても読みやすいアラビアンナイト風のストーリーで、大変面白いのだが、これをハードSFと呼ぶのはいかがなものか。マッスンは何度読んでも、その悪夢のようなイメージが強烈だ。時間の流れが速い、遅いというのは、考えてみればおかしな話なのだけれどね。イアン・ワトスンのは、やっぱり変な作品。バズビイの表題作は名作ではあるが、世界の有様と関わってこないので、短期記憶がすぐに失われる病気の人を描いた作品(例えば小林泰三にあるような)と、読後感はあまり変わらない。
 その他の作品も、ちょっと古かったり、奇想系の作品が多くて、もう少し直球勝負な作品があっても良かったのではないかと思った。

『不動カリンは一切動ぜず』 森田季節 ハヤカワ文庫JA
 これは日本の神様の物語。垂水から六甲山、西宮に至る神戸の山と谷の物語。京都嵐山も少し関わる。
 設定としてはいつかの近未来で、性行為で感染するHRVという死病により、通常の妊娠出産が不可能となり、全ての子供たちが人工授精で誕生するようになった社会。家族や肉親の意味が大きく変わり、また誰もが手のひらにノードを埋め込まれ、宙に浮かぶ媒介点を通じて互いの思念を伝え合うことができる社会。しかし、学校生活など、見た目はあまり変わらない。
 大人しく、消極的な中学2年生の少女、不動カリンと、カリンの親友となってくれた積極的な少女、滝口兎譚の二人は、自由課題の調査から複雑な陰謀の中に巻き込まれていく。管理社会に反発する心守党の創始者である大月小夜、今の日本で政治的にも勢力を増大しつつある新宗教、無欲会の幹部、小池言虎と、その子で殺し屋の少女、小池言葉。国から指示を受けて動く〈強制善人〉のジャーナリスト、吉野八咫。こういった人々が互いに目的もよくわからないままに関わり合っていく。
 陰謀とはいっても詳細な計画があるわけではなく、偶然やその時々の状況によって出来上がったものに過ぎず、本書の中心にあるのは少女たちの強い心のつながり、絆である。さらにそこには古い日本の宗教、山や滝や池に宿る神々の姿がある。SFの体裁をもっており、確かにSF的な解釈ができるように書かれているのだが(実はARだったというように)、本質的には神話的、説話的ファンタジーの現代版というべきものだろう。

『スワロウテイル人工少女販売処』 籐真千歳 ハヤカワ文庫JA
 未来の東京湾に日本から実質的に独立したメガロポリスがあり、そこでは〈種のアポトーシス〉と呼ばれる疫病により、男女が接触することを禁じられた感染者が、男女別々の自治区を形成している。本書のヒロインは、人工妖精と呼ばれる、有機的な微細機械から合成された少女、揚羽。タイトルのスワロウテイルであり、人工少女である。また原型に戻った微細機械たちは蝶の姿をしているという。
 日本と自治区の関係、自治区における自警団、不良品の人工妖精を始末する免疫のような役割を持つ青色機関(揚羽はここに属する)、日本から派遣された治安部隊である赤色機関、さらに人工妖精の原型師たちと、本書の世界設定はとても複雑で、まるで奥深いゲームのように入り組んだ凝った作りになっている。人工妖精たちには、土気質、水気質、火気質のような基本気質が設定されていたり、アシモフの三原則とプラス情緒に関する二原則による規制があったりする。そうした世界で、ありえないはずの残虐な連続殺人事件が発生し、揚羽は自警団の陽介と共に、その事件に関わっていく。やがて、病んだ人工妖精の少女と彼女を救おうとする人間の少年の逃避行や、さらには自治区そのものをゆるがす謀略に巻き込まれていく……。
 というストーリーは、実はあまり重要ではない。本書の本質は自分の存在理由を問いかけようとする〈自分探し〉であり、自らのストーリーを創造していく〈神話作り〉の物語である。キャラクターは魅力があり、確かにまずキャラクターありきで、それに複雑な設定をかぶせていくライトノベル的手法が見えるように思える。しかし、あまりにも人工的でゲーム的な設定からは、世界のリアリティが浮かび上がってこないように思え(もっともぼくはチャイナ・ミエヴィルの作品にも同じような印象をもっており、今時のSFはそういうものなのかも知れない)、本書の終わりごろに出てくるとてもSF的な怒濤の展開をわくわくして面白く読んだにもかかわらず、全体としてはとりとめもなく長すぎるという印象が残った。もう少しテーマを絞って刈り込めば、素晴らしい傑作といえた可能性がある。


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