内 輪   第218回

大野万紀


 あいかわらず分厚い本がたまっていき、なかなか読み切れない。今月もあんまり進んでいません。読書のスピードが、このところの株価みたいに激しく落ち込んでいるのは、はたして歳をとったせいだけなのだろうか。

 それではこの一月ほどで読んだ本から(読んだ順です)。

『ルナ・シューター 1』 林譲治 幻冬舎コミックス
 幻狼ファンタジアノベルスという新書版叢書の一冊。ラノベ・テイストな(イラストが多い)こった装丁だが、内容はいかにも作者らしいミリタリー宇宙ハードSF。といっても舞台は月である。2025年、突然異星人のロボットのようなヒューマノイド、ラミアが月面に現れ、人類への攻撃を開始する。だがその攻撃方法は人間同士の戦争とは違って非常に限定的であり、圧倒的な科学力で一気に攻めるといったことはしない。地球上のロケット発射施設は破壊したが、それ以外の地球への直接攻撃はなく、月面のわずかな人類と小競り合いのような小規模の戦闘を続けている。本書では、月で戦う主人公たち、300人ほどの月面軍と呼ばれるこちらも非常に限定された装備で敵と戦う兵士たちの、日常生活と戦闘とが描かれる。この月での戦闘がとてもハードSF的にリアルだ。近未来の通信技術とコンピュータ技術を駆使する現代的で組織的な戦闘がていねいに描かれている。さすがに架空戦記もハードSFもこなす作者らしいところで、実に安心して読むことができる。キャラクター描写などにはツンデレっぽい女性兵士などのラノベ風味もあるが、過剰ではなく、おじさん読者にも読みやすい。SF的には何と言ってもラミアの正体と、彼らはいったい何を考えているのかという点にあるが、その謎は本書ではまだ解かれない。結末で恐るべき事実が明らかになるのだが、そのことと本質的な謎とはまだ結びついていない。そのあたりは2巻以降で次第に明らかになっていくのかも知れない。

『ライト』 M・ジョン・ハリスン 国書刊行会
 イギリスでは人気が高いというM・ジョン・ハリスンの、何というか、ニュー・スペースオペラ? 古いSFファンにはサンリオで出た『パステル都市』の印象(のみ)があるが、本書は2002年に出た、まさに今現在の、現役バリバリのM・ジョン・ハリスンである。ストーリーは3つに分かれていて、それが最後には1つにおさまるという形式。一つは1999年のイギリスを舞台に、マッド・サイエンティストにして連続殺人鬼を主人公にした、ダークな現代ホラーという感じのストーリー。彼が何でつかまらないのか謎だが、なかなか読み応えがある。もう一つが遙か400年後の銀河系、高エネルギー渦巻くケファフチ宙域を舞台に、宇宙船と一体化して好き勝手(宇宙海賊?)をしている女船長セリア・マウの物語。最後は同じく400年後の周辺地域での、おちぶれた元宇宙船乗りを主人公にした、こっちはサイバーパンクというか、ちょっとコミカルなSFノワール。いずれの主人公も過去の強迫観念に囚われ、異常な環境で異常な行動に駆り立てられる。背景や道具立てはいかにも現代SFなのだが、動機付けや行動が、何となく大昔のニューウェーヴを引きずっているという感じがする。個々のシチュエーションやプロットはすごく面白く、魅力的なのだが、全体の関連性はもやもやとしていて、あんまりピンと来ない。3つのストーリーが重なる最後のクライマックスも、まあそうだろうなとは思うのだが、カタルシスは感じられなかった。そのあたりも現代的といえるのか。エンターテインメントとして読むにはやっぱりいくぶん”文学的”にすぎるように思う。作者は現代科学にとても興味があるようで、色んな科学的述語が出てくるが、扱いはたいそう”文学的”で、ハードSF的ではありません。もう何冊か読めば、もっと理解しやすくなるのかも知れない。表面的なストーリーは面白かったのだが、ちょっと奥の方までは読みこなせなかったという感じ。

『テンペスト』 池上永一 角川書店
 琉球王朝の末期を描く歴史小説であり、ファンタジーであり、ライトノベルっぽさもある超大作。主人公は女性ながら宦官と偽って王宮へ入り、ペリーによる植民地化を防いだりと様々な活躍をするが、王宮の役人の頂点まで昇ったかと思うと流刑されたり、波瀾万丈。とにかく頭が良く何でもできて美貌で正義の味方でという、スーパーヒーロー/ヒロインであり、その極端さはコミック的というか、少年ジャンプ的な感じだ。その人生も、上がったり下がったりのもの凄いジェットコースター。途中からは女性となって(というか元々女性だが)王の側室となり、王子までもうける。大奥ものというか、宮廷ドラマの要素も大きい。脇役・敵役がまた個性的で、一番の敵役である聞得大君の真牛なんか、もう本当に凄いよ。霊能力も凄ければ執念や憎悪も凄く、ところが憎らしいよりもひどく魅力的な役どころである。後半に出てくるもう一人の側室、真美那の超絶お嬢様ぶりも素晴らしく魅力的だ。分厚いが、とにかく面白いので、ぐんぐん読める。とはいえ、さすがに上がったり下がったりの繰り返しで、後半はちょっと読むのに疲れてくる。登場人物たちのテンションが高くて、読む方のテンションが続かない感じだ。しかし、彼らがどんなにがんばったとしても、現実に琉球王朝は滅びるのであり、物語の最後は、悲しい歴史の流れに彼ら彼女らがどう立ち向かったかを描いて、しみじみとした感動がある。でも本当はこのあたりで、もっとSF的というかファンタジー的なビジョンを見せて欲しかった気もする。リアルな歴史と幻想の沖縄・琉球が日本や東アジア、そして世界へとつながっていくビジョンを。実在の人物なども多く登場するのだが、リアルな歴史小説というより、やはり奔放なファンタジーが本書の魅力だと思う。琉球王国の歴史が悲劇的に終わらざるを得ない以上、主人公たちのスーパーヒーローぶりが、よけいに哀しさを誘うのかも知れない。


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