内 輪   第215回

大野万紀


 HDD/DVDレコーダーのDVDが故障しました。何だか調子悪いなと思ったらいきなりDVDを受け付けなくなってしまいました。まだ買って2年半ほどなのになあ。酷使していたから仕方ないか。この機種(東芝RD-XS38)はネットワーク経由でPCにダビングできるので、DVDが使えなくなってもそれほど致命的ではないのだが、販売店の長期保証に入っているので、出張修理を頼む予定。何とかアナログ停波まで使い続けたいなと思っているのです。
 さて、8月23日〜24日はDAICON7ですが、調べてみると会場の岸和田まで、家からだと湾岸線で行けばそんなに遠くないとわかったので、車で日帰りするつもり。この歳になるとさすがに夜中まで騒ぐのはもうきつい。というわけで夜の部は不参加ですが、日中は会場をうろついている予定です。どうぞよろしく。

 古いファイルを整理していたら、昔のSFアドベンチャーに連載していた書評欄「チェックリスト」の原稿が見つかりました。ファイル形式が違うのでHTML化する際に少し手を入れましたが、それ以外はオリジナルのまま「文書館」に収録しました。もっとも雑誌掲載時にまた直した部分もあるので、ここにあるのは掲載されたまんまではなくて、そのベータ版と思ってください。しかし20年以上前の文章だけれど、何だかずいぶん偉そうなことを書いていますねえ。

 それではこの一月ほどで読んだ本から(読んだ順です)。

『ディープトリップ7』 戸梶圭太 早川書房
 トラブルシューターのミミ、21歳は、6層からなるこの街で下から2番目の貧困層に住み、人語をしゃべるワンコのドギーや、中年童貞で叔父のダダリオと、もめ事解決して暮らしている。この世界には人間だけではなく様々な種族がいっしょに暮らしており、ミミの特技はそういう異種族のことを良く知っていること。ということで、このお話はハイテンポで暴力と狂気に溢れたポップなエピソード7編から出来上がっている。何というか、この作品の雰囲気には、クールでスタイリッシュで、デフォルメのきつい、ちょっとアメリカっぽいアニメのノリがある。例えば石井克人のアニメ作品なんかを思い起こした。スピード感があるせいかも知れない。ミミはセクシーで乱暴で、ちょっと抜けているところもある可愛いヒロインだけれど、萌えはないように思う。あるのだろうか。よくわからん。ドギーが好きだ。おバカなワンコだよ。はじめのエピソードは、せこい違法コントチャンネルをつぶすとか、コンビニで発生した異種族がらみの殺人事件を解決するとか、コメディタッチですすむのだが、次第にこの世界の成り立ちにからむ大きな謎に巻き込まれていき、冗談ではすまなくなってゆく。ミミはキャンディガールじゃないので(多少は色仕掛けも使うのだけど)、都合の良い解決はできず、次第に悲惨な状況に追い込まれていく。かなり挫けたりもするのだけれど、それでも行き当たりばったりながら何とかなるのが嬉しい。何しろ死んでもユーレイ状態で話ができたりする世界なのだ。こんなお話はお好きです。

『エア』 ジェフ・ライマン 早川書房プラチナファンタジイ
 傑作である。何か、山奥の田舎のおばはんたちがグローバル化の波に直面する話で、SF的にはどうよ、とか、またこのおばちゃんが、まあ困った人で、おつきあいしたくないタイプだとか、とてもリアルに日常的に話が進むのに、このあり得ない設定は何なの、とか否定的な感想がすぐに頭に浮かぶのだが、それは確かにそうなのだけれど、これが読ませるのだ。中国とチベットとカザフスタンの国境にある架空の小国という設定には、強く政治的なものを感じるし、ライマンならそこらを意識していないわけがないのだが、とにかくひたすらこの主人公のおばちゃん視点で話が進むので、そういう政治性や、あるいは「エア」のもつ(インターネットとグローバル化の暗喩ではあるのだけれど)神話性やSF性は(時々言及され、背後に垣間見ることはできるのだけれど)あっさりと切り捨てられる。頭の中に住み込む老婆とか、胃の中で成長する赤ん坊とかいったSF的というより幻想的な設定は、それなりに大きな役割を果たしているのだが、これまた中心的な主題ではない。何と言っても本書の小説としての面白さ、読み応えは、田舎の偏屈なおばちゃんが、近所との葛藤の中でわめき、暴れ、不倫し、世界とつながって好き勝手に生き、そして村を救おうとする、その生き方にある。別に中央アジアの山奥でなくても、日本の田舎でも、おそらくはイギリスやアメリカの田舎でも同じようなことが現実にあるのだろうと思う。中国でも、韓国でも。この主人公には感情移入できなくても、その生き方には共感できるものがある。だけど世界には、もしかしたらこういうぼくらにも理解できる田舎ではない、全く異文化の社会もあるのではないかと思う。外国の音楽を聞いてバイクに乗るような〈不良少女〉の存在も許されないようなところが。もしそういうところに「エア」が訪れたらどうなるのか。本当のショックが、単なるインターネットの暗喩ではない、シンギュラリティの訪れが描かれたのではないだろうか。

『遠すぎた星 老人と宇宙2』 ジョン・スコルジー ハヤカワ文庫
 『老人と宇宙』の続編だが、登場人物も違い、独立した長編として読める。軍務に就く前に死んだ(何せ元々老人だからね)地球人のクローンで構成され、人体改造され、機械による意識の統合まで可能になった勇猛なゴースト部隊が、エイリアンとの特殊作戦で戦う話。主人公は促成栽培(?)されたクローンに意識を刷り込まれた、1歳の(肉体的には大人だが)ゴースト部隊員、ジェレド。だが彼の元になったのは、人類を裏切ってエイリアンと手を組んだ天才科学者プーティンだった。というわけで、いささか倒錯したややこしい設定で、本当の敵は誰なのか、この戦闘は正しいものなのか、あいまいなままに、ひたすら手に汗握る激しい戦闘が繰り広げられる。はっきりいって特殊部隊による汚い戦争なのだが、哀しいユーモアもあり、迫力も満点。正直この手のミリタリーSFは山ほどあって、あんまり読みたいとも思わないのだが、作者のこのシリーズは、家族愛や友情といったものが、ありきたりではあっても大変重要なものとして描かれており、戦闘シーンの迫力もあって読み応えがある。SF的な設定も、いってみればブリンの知性化シリーズみたいなもので、新味はないものの、まだまだ謎を秘めていて、この手のスペースオペラの設定としては悪くない。続編では大きな謎が解かれるようで、期待できる。

『ハローサマー、グッドバイ』 マイクル・コーニイ 河出文庫
 サンリオで出たのが80年だから、28年ぶりの再読か。さすがにほとんど覚えていなかった。ブラウンアイズって、可愛いけれど、こんなに一本調子で面白みのない女の子だったっけ。主人公はこんな小生意気なガキだったっけ。いや、面白かったんですよ、夏の港町の潮の香りが濃厚に漂う、ストレートな思春期の恋愛小説。SF的な舞台設定と大きなアイデアもあるし(でもラストのアイデアって、何だかごく当たり前に思えてしまう――というか、この世界には生物学者はいないのか。また訳者後書きで天文学の記述に矛盾があるので訳文を調整したとあるが、それでもかなりひっかかる)。タイトルの夏っぽい、避暑地の恋っぽいイメージと作品内容は少しずれていて、暑いのか寒いのか季節感がわれわれの世界とは違っており、またリゾート気分はほとんど味わえず、むしろ蟹工船。もちろん、いい作品には違いないのだけれど、何よりも恋愛小説部分がひたすら可愛らしくラブラブすぎて、あんまり歳を取ってから読み直すものじゃないな、という感想です。しかし、どういうわけかすごくアニメっぽく読めてしまったのは何故だろう。それも世界名作劇場っぽい感じで。表紙のせいか、19世紀っぽい世界観のせいか。


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