続・サンタロガ・バリア  (第65回)
津田文夫


 なんかバタバタしているうちに8月が終わってしまった。せっかくのワールドコン参加権も奥さんに譲らざるをえなかったし、なんともはやな毎日だ。

 共通映画チケットの使用期限が8月までだったので、先日『夕凪の街 桜の国』というのを見に行った。田中麗奈の顔の大写しストップモーションで終わるこの作品は悪くはないが、時間の流れが何となく駆け足で、読んでないので知らないが、たぶん原作の漫画の方がいいんだろうなという印象を残す。映画の帰りに中古CD屋を覗いたら、ジェスロ・タルの1972年夏の来日ライヴ完全収録CD3枚組ブートレッグというのを発見して、つい買ってしまう。こんなものがよくあったなあとじっくりみれば、1999年のコピライト。もしやと思ってHE♡RT BREAKERS なるレーベルをググると、同じく72年7月のELP甲子園ライヴもあるではないか。当時甲子園で録音したテープのダビングカセットは今でも持っているので急いで買おうとは思わないが、そのうち手に入れようかと考えている。

 ちっとも本が読めない中、ロバート・シェイ&ロバート・A・ウィルソン『イルミナティⅡ 黄金の林檎』『イルミナティⅢ リヴァイアサン襲来』を読んでしまう。付録も最後の最後まで読んで、まあ満足したかな。クルクルと場面転換が続くストーリーテリングにもなれたけど、細かい話のつながりは相変わらず頭に入らなかった。それでも個々のエピソードはそれなりに楽しんだし、AUMの文字を見るたびにオウム真理教が頭に浮かんで、陰謀史観を笑い飛ばせないリアルがいつでも存在してしまうことに、このフザケまくった物語の有効性が今現在もあるんだなあと、ちょっとイヤになってしまうエンターテインメントなのだった。小川さん、お疲れ様、ありがとうございました。

 ハヤカワSFシリーズJコレクションの機本伸司『スペースプローブ』はイルミナティ・シリーズとは打って変わってとてもストレートな有人宇宙探索話。ここでも陰謀をめぐらせる主人公たちがいるんだけど、表紙イラストの通りとてもカワイイ。長編用のプロットとしてはもう少し膨らませた方がよかったかなと思うけど、機本伸司はそういうタイプじゃないんだな。ヒロインのこだわりがいまひとつ共感しにくいのが難といえば難か。現実はここまでスウィートではないといわれてもしようがない話の運びなんだけど、まあいいんじゃないの。

 ついに浅倉さんの手で翻訳されてしまったジェイムズ・ティプトリー・ジュニア『輝くもの天より墜ち』は物語を長編にするためのテクニックに欠けているような印象がある。個々の章立てがそれぞれ短編のアイデアを入れてあるにもかかわらず、長編としてのプロットはハラハラドキドキのスリラーで構成されているため、どちらも効果的に使われていないような感じか残るのだ。ダミエム人が以前は人間族から見て少しも魅力的ではない容姿だったことに何回も言及していて、心理学者アリス・シェルドンの面目躍如だと思わせたり、個人的なハッピイ・エンドにこだわるあまり説得力に欠けたり、てんでなレベルでティプトリーらしさが汪溢しているとは思うものの作品全体の力は弱い。あるブログにSFに作家の私小説的な面が入り込むタイプは鬱陶しい、みたいな感想があったけれど、ティプトリーの素性がバレなければ、自分も含めてどんな印象を持ったのだろうか。それとも正体を明かされなければティプトリーは別の書き方をしていただろうか。

 オマケ:堀江敏幸『雪沼とその周辺』はいつぞやのメッタ切りで大森望が90点を付けた作品。文庫になったのでちらりと立ち読みしたら連作短編集中の「レンガを積む」がステレオのスピーカーの下にレンガを入れるというオーディオ・ファンなら誰でも経験する話だったので、1編ずつポチポチ読んでみた。まあ、SFとは関係ないけれどトウのたった読者向きの作品群で結末がどれもストップ・モーションのような鮮やかさ。大人のファンタシィといってもいいかも。


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