みだれめも 第191回

水鏡子


■本屋でちょっといい光景を見た。中学生くらいの女の子が、出たばかりの『剣嵐の大地 第3巻』を熱心に立ち読みしている。シリーズ第3部にして毎月刊行されている大分量の第3巻というところが、なんとも感動で、立ち読みしているくらいだから、当然1巻2巻も出た直後に読んでいるんだろう、それも高くて買えなくて図書館で、それもタイムスケジュール的に入る先から真っ先に待ち構えるように借りて読んでいるんだろうな、と思ったりして、若い時分の読むことへの熱意を思い返してしまった。引き比べて、まとめて読むとか言い訳を繕い、3冊揃えば揃ったで、その分量に圧倒されて怖気をふるう今のわが身の悲しさ情けなさ。
 とりあえず、遅々とした歩みで読み出した。小説がうまい。シリーズものの常として記憶の劣化で前二作のあらすじがほとんど霧の中の状態で、主要登場人物だけでも百人を超える物語であるというのに巻頭二、三十ページで苦もなく小説世界にとけこめた。展開は予想以上の波乱万丈。正邪善悪、敵味方、比較的類型的に描かれていた登場人物各位がどんどん違う顔を覗かせる。思いがけない人間が死ぬ。意外な顔が結びつく。戦乱ドラマの醍醐味を思う存分堪能できる。ファンタジイの配合具合も絶妙で、人間ドラマを壊すことなく、地味ではあるが必要不可欠な世界構成要素として位置どりをしっかり確保している。G・R・R・マーチンの最高傑作ではないか。それなりにおもしろかった前作『王狼たちの戦旗』がシリーズ全体を通して見るときの意図されたダレ場であったのだと本編を読んで初めて思う。このさきファンタジイにとどまるか、SFに転ぶか、なんともいえないところだけれど、物語的には今年のベスト。
 本屋で立ち読みしたくなる気持ちがよくわかる。もっともぼくの場合、読書力の低下による歩みの遅さに苛立って、子供みたいに先のページを覗いてしまい、余計読む勢いを殺してしまったりしている。馬鹿ですねえ。
 現在2巻目まで読了。★★★★★

■ぼくが小学生の頃、郵便切手蒐集の爆発的ブームがあった。どれほど凄かったかというと、郵便局の開く時間に小中学生がずらり並んで、人数が多すぎるので、ひとり3枚までといった枚数制限をされたくらい。3シートではないよ。10円切手3枚である。ごたぶんにもれずぼくもその尻馬にのって5年くらい集め続けた。10年くらい前、大人になって突然切手蒐集に目覚めた白石朗に、贈呈本の御礼方々全部拠出してしまい今はほとんど家にない。
 あいかわらずというか昔以上に趣向を凝らして記念切手は出続けている。けれど、いまや本気で集めているのは一部好事家だけになり、切手屋に持っていっても、大半のものは額面割れでしか引き取ってもらえないという。
 考えてみると、古い切手など、額面の倍額の値段がついても、じつは値打ちとしては目減りしているわけである。封書用の10円切手は80円の値打ちがついていなければ、封筒に貼って送れないわけだから。
 そもそも、ここ何年か封書というのを私用で使った記憶がない。たいていFAXかメールになってしまうわけで、年賀状や景品応募の用途が残る50円切手はまだしも、80円切手にいったいどんな使い道があるのか。
 それでも、むかし取った杵柄で、たまに郵便局で記念切手を買ってしまうことがある。在庫品の衝動買い。郵便局で発売済の展覧を見て、ちょっと拾ってみたりする。
 だから、この前、雑誌に載った発売予告を見て、何十年ぶりかで切手発売日の昼頃に買いに行き、朝のうちに売り切れましたといわれたときには、正直心底驚いた。最近ブームなんですかと聞いたら、やっぱり珍しいことらしい。軽い気持ちで行ったのだけど、売り切れたとなると逆に欲しくなる。電話帳で調べて何箇所かの郵便局に電話して、簡易郵便局に2シートだけ残っていたのをゲットした。
「エヴァンゲリオン」恐るべし。
 パチンコのエヴァ3が出た。アスカを主役に抜擢し、大当たり時に流れる曲も、4種類に増やしている。もともと演出力に優れていて、元アニメの設定をこういうふうに持ってくるか!と感心する部分が多々あって、それがぼくがはまり続ける原因でもあったわけだけど、さすがに3作目となる今回の改変ではセリフやシーンをいろいろ増やしているものの演出シナリオとして深みを増した部分は少ない。むしろ変わったのはCGを多用したヴィジュアル面での重量感や立体感と全体的なスピード感。やり応えのある満足のいくできばえだ。
 これまで何度か紹介してきた辰巳出版グループは、よほど過去のエヴァ攻略本の売れ行きがよかったようで、別出版社(綜合図書)を立ち上げて月刊(!)「エヴァ3rd」なる雑誌を出版した。「最速攻略」「熱血攻略」も従来通り発行している。他のパチンコ台情報を一切載せず、パチンコ雑誌の定番だった、いかがわしさ満杯の出会い系や攻略系サイトの広告をすべて削除し、エヴァ1色に絞り込んでいる。ついでに、こういう場所でアニメ系パチンコ台の系譜みたいな記事を載っけてくれたらうれしいのだが。というか、アニメ系に限らず、パチンコ台もこれまでの系譜と演出思想の変遷をきちんとまとめた本というのを読みたい。データの充実だけでなく、ヴィジュアル面にも配慮したら、絶対売れる面白い本になると思うのだけどね。
「月刊エヴァ3rd」はコンビニだけでなく一般書店への販路拡大も意図しているようだ。現在創刊準備号と創刊号の2冊が発行されていて、さきほど書いた郵便切手の情報もここから拾った。辰巳出版だけでない。コンビニのパチンコ雑誌のエヴァ特集は普段の新台登場時の特集記事よりぐんと大きく取り扱っている。コレクター・アイテム気分で買うぼくみたいな人間がけっこういるということなんだろう。さすがに今回はぼくもちょっと買い疲れている。
 そして問題は、相性最悪であること。ただひたすら負けつづけている。この前1列10台中8台が大当たりをしているなかで、残り2台のうちのひとつを打ち続ける羽目になったのにはさすがにめげた。アスカに貢いで、鮎原こずえに返してもらうというのが、ここんところの基本の流れになっている。

■年度末からはまっているアリスソフト『戦国ランス』★★★☆。『大悪司』『大番長』の流れの地域制圧型シミュレーション。そこそこきびしいゲームバランス、ひねりの利いた小気味のいい会話のマルチシナリオをまったり楽しんでいる。謙信の恋愛話や貝塚(迷宮)でのランスとか秀逸。前の二つに較べるとこじんまりしてマイルドだが、戦国伝奇の薀蓄もまじえたいかにもアリスソフトらしくウェルメイドなしあがり。

★★★★☆ 冲方丁・伊藤真美 『ピルグリム・イェーガーE』(完) 少年画報社
★★★★ 冲方丁 『マルドゥック・ヴェロシテイ@〜B』(完) ハヤカワ文庫
★☆ 冲方丁 『シュヴァリエ@〜C』(未完) 講談社ZKC
冲方丁+文藝アシスタント 『シュヴァリエ』 日経BP社
★★★ 冲方丁 『オイレンシュピーゲル@』 角川スニーカー文庫
★★☆ 冲方丁 『スプライトシュピーゲル@』 富士見ファンタジア文庫

 年1冊のペースで発表されていた『ピルグリム・イェーガー』が第6巻で(第1部)完結した。
 予想していなかったといえば嘘になる。ルネサンスのイタリアを舞台にキリスト教義の信仰と自由を論じ、中世と近代の相克を背景に、7つの大罪者と30人のユダの銀貨による風太郎忍法帖を展開するとんでもなく密度の高い重厚で目配りの利いた物語は、こののんびりした出版ペースからすると、どう考えても両者合間見えての最初の小競り合いの終結でいったん話を終えるしかないのだろうなという気はしていた。じっさいこの第6巻は、第1巻巻頭のシーンに収束し、作者の意図は当初からここを区切りに考えていたことを示唆している。あるいはたぶん3冊くらいで片づける予定でいた幕開けをなすここまでが、予想以上に重厚に肥大してしまったためあとが続けづらくなったととるべきか。続編を切に望むという点では『マルドゥック』よりこちらのほうへの希望のほうが強い。

 『マルドゥック・ヴェロシテイ』は『スクランブル』の前日談であると同時に、第三部へのプレリュード。前日談の陥りがちな閉塞性を、ラストでこれからの舞台における3人の魔女の地獄絵図を示唆して未知の地平に期待をつないでいく。
 ただこの文体はねえ。てっきりアニメやゲームのシナリオの影響かと思ったら、ミステリイ通の言によるとジェイムズ・エルロイの手法だという。緊張を強いる内容と密度を有する作品で、文体まで緊張を強いるのはエンターテインメントとしてどうかと思う。出るのを待って飛びついた人間が敷居を高く感じるのだから、初見の読者に対してはかなり門戸を閉ざす文体だと思う。作者のなかでは生理的に切実な必然性があってのことだと思うけど、故野口幸夫の文章道にかぶって見えるところがある。疑問ははっきりあるけれど、同時にこの文体で高いテンションを維持しつづけて3分冊の分量を、読みきらせる技量はやはり稀有のもの。第三作が待ち遠しい。

 『シュバリエ』についてはなにも言わない。『ピルグリム・イェーガー』と読み比べていただきたい。

 冲方丁の新シリーズは、民族の坩堝となり、テロの無法地帯になっている近未来のウィーン「ミリオポリス」が舞台。少子化の潮流のなかで重度障害者の子供をサイボーグ化して治安部隊に組み込む施策がとられている。これはテロ撲滅の最先端に配属された3人の少女たちの物語。『オイレンシュピーゲル』は憲兵大隊に配属された3人の少女たち。肉弾戦の3人娘で、敵役となるテロリストは「持つ側」に所属しながら個人として世の中に適合できず脱落した「右寄り」の顔ぶれ。『スプライトシュピーゲル』は公安高機動隊に配属された、空中戦の3人娘。敵は宗教に帰依する「持たざる側」の左寄りの集団構成員で、戦闘部分は命を捨てての巨大ロボット仕様。ライトノベルの枠組みをかなり逸脱した意欲作で、左右を問わない(あるいは問うたうえでの)テロリズムを巡る生真面目な考察を繰り広げる。基本的には民族主義と経済と差別と挫折と排除の論理の煮詰まる先にテロを捉えてみせていて、下手をすると造反有理の陥穽に絡め取られてぐちゃぐちゃになりかねない重いテーマを、すべてのテロの背景にプリンチップ社、リヒャルト・トラクルという絶対悪を設置し、一方少女たちの言動を目いっぱいアナーキーにすることで、物語の軸をぶらさない。基本的には最初に思わせぶりな儀式めいた前ふりがあり、事件が起こり、事件の中身と少女たちの過去とが重なり合いながらまえふりと重なっていく様式美の世界を展開する。
 『マルドゥック・ヴェロシテイ』から入る読者には、どちらかといえば『オイレンシュピーゲル』のほうをお勧め。おんなじじゃん、という人もいるかもしれない。文体についても同じ問題を抱えているし。読者層がライトノベルだから、問題はむしろ大きいかも。

■『このライトノベルがすごい 2007』で堂々一位を獲得した『狼と香辛料 1〜4』面白く読んでいるけどすごくない。同じ時期にファンタジイノベル大賞受賞の『僕僕先生』があって、こちらのほうがスケールが大きいけれど、これもすごくはすごくない。面白いけど。共通するのは齢数百歳(片方は数万歳かも)の老練老獪さと、姿形に似つかわしいロリっぽさとの組み合わせ。それを互いに憎からず思うところの相棒の主人公の目線の先に置きながら巻き起こる事件に立ち向かっていく筋立て。読んで楽しんで少しの不満もないのだけれど、これが去年のベストであると言われるとやっぱり少し異議がある。

 ここ数ヶ月に読んだライトノベルの中でだと、いちばん続きが待ち遠しいのは須賀しのぶ『流血女神伝・喪の女王』。ただしこの系統の話の評価は、つい『剣嵐の大地』と比較してしまい、若干下がり気味になっている。

有川浩『図書館危機』★★は図書館戦争シリーズ第三作。恋愛話や家族話の比重が大きく、組織対立については進展が少ない。残り1冊で完結予定と書かれると今回の内容には不満が残る。『クジラの彼』★★☆は『空の中』や『海の底』のスピンオフを含めた自衛隊恋愛小説集。安心して楽しめる。


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