続・サンタロガ・バリア  (第48回)
津田文夫


 2月ももう末か。暖かくなってきたので気分的には悪くないな。この2週間毎日流されてるトリノ・オリンピックってなんか変な感じだねえ。カーリングがビー玉遊びに見えるのは昭和30年生まれのせいか。
 東京出張のついでにすみだトリフォニー・ホールで新日フィルの劇的オラトリオ「火刑台上のジャンヌ・ダルク」を見聞きしてきた。別にオネゲルの音楽にそれほど興味はないのだが、そのステージがどんなものなのかには興味があった。マーラーの「一千人の交響曲」以上に地方都市ではまず演目には上がらない作品のひとつといえる。フルオーケストラに多数のソリストと合唱団プラス少女合唱隊はともかく、腕木の傾いた巨大な十字架(終曲で水平になる)とその根本に白い貫頭衣の小学生高学年くらいの少女がいて悪魔役みたいなダンサーがはね回っていたのはなかなか面白い演出だった。オネゲルの音楽、クローデルの台本ともあまりピンとこなかったけれど、原田節が奏するオンド・マルトノのビョヨーンの音とともに舞台演出は印象に残った。指揮はクリスティアン・アルミンク。帰りに喰った500円の野菜天丼は結構旨かった。

 出張の行きに読んだのがポール・アンダースン『地球帝国秘密諜報員』。その名も高きドミニック・フランドリー・シリーズだ。といったってリアルタイムで読んだことは一度もないぞ。基本的には絶滅種のお話なわけだから世代的な評価はあるだろうな。水鏡子のスタンダードSF説がうなずけるところもあるけど、この骨格自体がもはや化石としてしか受け入れられない時代になってしまっているような気がする。40年近く前、デヴィッド・ニーブン主演の「カジノ・ロワイヤル」を見て気に入った中学生が、原作を読んだらちっとも面白くなかったが、アンダースンは中学生にも面白かっただろうな。浅倉さんが好きなのはよく分かります。

 帰りに読んだのはなぜか京極夏彦『巷説百物語』。何も新幹線の中でこんなものを読まなくたってよかろうにとは思ったのだが、気分がそっちへ向いてしまったのだからしようがない。文庫になった当時読みかけたのだが、取っつきが悪かったか放り出したままだったのだ。読んでみると京極堂シリーズよりスケールが小さくて軽い読み切り連作集だった。江戸時代の設定だけれどあんまりリアリティは感じられない。まあ、江戸ものだなという程度である。1作目で人物設定が分かればあとのリーダビリティについては文句なしなのでいうことがない。

 神田の本屋で茂木健一郎『脳と仮想』を買って読み出してしまう。小林秀雄賞の帯が掛かった新潮社の本を見て、ここで買うのはバカじゃないかとおもったが、そういう気分だったので仕方がない。「クオリア(質感)」は大森望や山田正紀で知った。ここでは「クオリア」から「仮想」へ進化したらしい。アリストテレス主義の科学は(新)プラトン主義の感覚世界とは違うのだといっているように見える。まあアリストテレス主義も(新)プラトン主義もちゃんと読んだことがないのでよくわからないけど。人工意識の魂の有無はどうやってテストするんだろう。

 ようやく恩田陸『蒲公英草紙 常野物語』を読む。いい雰囲気だなあ、というのが主な感想だけれど気になるところはいくつかある。日露戦争に突入しようかという明治30年代半ばと思われる時代設定に関して、村を外部から遮断したこともあってほとんど具体性を欠落させている。それは狙った効果なのだろうがタイムレスな戦前ができあがってしまっている。そのことが終章での最後の数ペ−ジの力を殺いでいるように思われる。もう3作目が出ているが少し時間をおこう。

 村上春樹『東京奇譚集』を読み始めたら、また作家の一人称でジャズの話から始まったので、あららと思ったがちゃんと小説になっていったので一安心。たとえ短い小説の脇役に過ぎなくてもきちんとフォローされているところに村上春樹の小説の心地よさがあるのかも。でもあの親密な関係の男女にセリフのオウム返しをさせるのはそろそろやめた方がいいんじゃないかなあ。そんなのは村上チルドレンにまかしとけばいい。

 ロシアで大人気というセルゲイ・ルキヤネンコ『ナイト・ウォッチ』。読み始めは、これは本格的な幻想小説かと思ってしまったが、すぐにライトノベル・タッチのいまどきのファンタジーだと判明する。そしていまどきのファンタジーらしくスケールが大きいようで結構せせこましい世界を構築している。ただ主要登場人物の会話や行動に見られる関係の結び方がいかにも現代風というか、いまひとつ飲み込みにくいところがある。これは翻訳のせいもあるかもしれない。秘密組織同士の戦いという基本線がどう崩れるのかちょっと興味があるので次回作も読んでみよう。

 えーと古川日出男『ベルカ、吠えないのか?』を先月読んでいたのを忘れてた。奥さんが図書館から借りてきてこれを読めといわれて読んだんだが、返してしまって本が目の前にないと読んだことさえ忘れるんだよ。ヤダねえ。作品の方はよかったよ。特にヤクザの親分の小娘が憎らしげでマル。


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