みだれめも 第183回

水鏡子


作品 著者 出版社 総合 作品性 興味度 義務感
『ディアスポラ』 グレッグ・イーガン ハヤカワ文庫 ★★★★
『デカルトの密室』 瀬名秀明 新潮社 ★★★★
『シャングリ・ラ』 池上永一 角川書店 ★★★★☆
『彩雲国物語 心は藍よりも深く』 雪乃紗衣 角川ビーンズ文庫 ★★★★☆
『ライトノベルキャラクターズ完全ファイル』   宝島社 ★★★
『コミック新現実voi.6 特集・あすなひろし』 大塚英志(編) 角川書店 ★★☆

 京フェスに行く途中、エヴァの新ヴァージョンのガチャガチャがあった。2つ買って会場でみーめに見せたら、そんなの好きならうちにあるのをあげるといって、さっそく送ってくれた。ありがとうございます。それにしても、ますます怪しげな部屋になる。この部屋を公開されたくないなら、絶対に犯罪は犯せないな。
期待していたスロットマシンのエヴァは退屈だった。世間的評価もあまり芳しくないみたいで、導入2週間で空席が目立つ状態になっている。

 年に一度の図書館のリサイクル交換会に行ってみる。
今年の並びはものさびしい。郊外型古書店が3軒も競い合う状況下で、ライトノベルズ系が激減するのはある意味納得できるけど、硬めの本が少ないのはたぶん偶然なのだろう。とりあえず佐藤亜紀他『皆殺しブックレビュー』が拾えたのでまあ満足。だけど、制限の10冊を選び出すのに1時間半かかった。西尾維新やテリー・グッドカインドのシリーズ端切れ本、フリッチョ・カプラ他の怪しげ本でなんとか埋めて、客が一巡したあとの二順目で、だれもたぶん拾わないだろうと目星をつけて放っておいてた「アーサー・ランサム全集」完全揃いをゲット。個人的収穫としてはマルです。

 「読んだ」というのもおこがましい、むしろ「眺めた」というほうがふさわしい読み方になった本に★4つをつけていいんかい、と思うけど、いやいやむしろ「眺める」読み方が正しいんだと押しきろう。訳者あとがき、解説と口をそろえて忠告する巻頭シーンであるけれど、理詰めで読もうとするのが間違いである。
 やってることは、「2001年宇宙の旅」のクライマックス・シーンを文字で書いたと思えばいい。クラークでなくあくまでキューブリックの「2001年」。ソフトウェア知性の誕生をめくるめくイメージの奔流として「眺めて」楽しむこと、それが正しい読み方で、理詰めの部分は、イメージの確かさを担保する保険なのだと割り切ること、あとはその読み方を最後まで続けていけば、古臭い父子世代間葛藤話や宇宙探索物語のところどころに興奮を覚える果実がたわわに実る風景を心楽しく味わえる。
 ただし致命的な弱点がある。物語の開始時間で、主観的時間として、肉体的知性から分離して八千年分の歴史を持っていることになるソフトウェア知性がここまで人間ぽくっていいのかという疑問がずっとつきまとう。話に馴染むにしたがって後半みんなますます人間らしくなる。だからといってこのうえキャラに感情移入できなくなったらどうやってこの本を読んだらいいのかと正直思う。欠点ではなく弱点だとする理由である。あと連作短編集として、作品ごとに主人公が交代するのも推力を弱めている。ヤチマもオーランドもいまひとつ全体を統べる主人公として振舞いきれなかった。気に入っていたイノシロウが序盤でいなくなったのも残念だった。
 それでも傑作だと思う。作者の意図は下記の文章に端的に表されていると思う。そしてその意図は充分果たされたと思う。
「『宇宙を理解し、尊重せよ』・・・でも、どんな姿で? どんなスケールで? どんな種類の感覚や精神をもって? ぼくらはどんなふうにでもなれる。ぼくらは道を失うことなく、その宇宙を探検していけるだろうか?」
 最後にひとつ。読者がきちんと意味をつかめないまま、それでも先に先に読み進むには、詩的なリズムのある日本語が不可欠だ。訳者山岸真の翻訳力も高く評価しておきたい。

 宇宙探索が観測する主体のほうの知性とは何かという問題につながっていく『ディアスポラ』と内容的に近いところに位置していると感じたのが『デカルトの密室』。レムのテーマをクライトンのように書くというのが『ブレイン・バレー』を読んだぼくの印象だったのだけど、本書についても同じ言葉を捧げたい。知性とはなにかという哲学的議論をここまで小説形態に落とし込んだ技量は尊敬する。ただし、ネット知性や擬体ロボットといった魅力的な素材と形而上的議論をつなぐ、フランシーヌ・オハラや真鍋や青木の動機やもってまわった策謀には、整合性はあるかもしれないけれど、なぜそこまでという違和感や非現実感がつきまとった。

 『シャングリ・ラ』は雑誌連載と思えないくらいまとまりのいい作品。『レキオス』よりバランスがとれている。それが成長を意味するのか衰微を意味するのかは今後の作品を見たうえでの判断としたい。池上永一という作家にはオーソドックスな物語枠への意外と確固たる信頼があり、その枠組みに安心して寄りかかりながら、枠組みを破壊しかねない強力キャラを次々投入し、テンションの高い小説世界を構築する。悪逆非道な変態キャラが予定調和の物語の中、それぞれ幸福なハッピーエンドを迎えるラストにはちょっと呆然とするすごさがある。ヒューマニズムではなくユマニズムの作家としての面目約如である。昔、ゼラズニーが初めて紹介されたこと「神話世界創造力」とかなんとかいった言葉をSFの魅力として紹介しているスキャナーの文章があって、実際のゼラズニーを読んで、ギリシア神話やインド神話の設定を安っぽい現代アメリカ文化に置き換えただけじゃんといった印象をもったことがあるのだけれど、地続きのはずの近未来が、異様なキャラとテンションの高い文体で密度の濃い異形の異世界に変貌する小説にこそ「神話世界創造力」という形容がふさわしい。『サウンド・トラック』『ベルカ』の古川日出男(『アラビアの夜の種族』は含めない)と『レキオス』『シャングリ・ラ』の池上永一が今重い浮かぶ双璧である。

 『彩雲国物語 心は藍よりも深く』前作が出てからまだ2ヶ月しか経っていない。ほとんど間をおかずに出た本がまたできがいい。絶好調である。旬の作家の勢いがある。しばらくリアルタイムで味わいたい。


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