続・サンタロガ・バリア  (第41回)
津田文夫


 事前情報を何も入れずに聴きに行ったジェフ・ベック。いきなり始まるボレロのリズム。へっ、そうなの!?ってな感じ。しかし音がいい。2階で聴いた5年前と違って、前から5列目真ん中よりというのに音圧がまったく気にならない。響きのよさでは広島随一の郵貯ホールで、マーシャルから出たストラトの音がそのまま耳に届いているような気分だ。ちなみに84年のクリムゾンもここだったし、ウィーン・フィルは2回ともここで聴いた(マーラーの小沢で4番とハイティンクで9番ね)。
 曲が進む内にバックバンドの腕達者や何となく気の抜けたジミー・ホールのボーカルに、5年前周囲をエフェクターだらけにしてハム音をのべつバラまいていたジェニファー・バトン相手にバリバリ鳴らしていたときとは違うステージなんだと納得した。
 割と早い内に演った「哀しみの恋人たち」で一回だけストラトをテレキャスに持ち換える。いい音だなあ。5分休憩で後半へ。そのうち総立ちになってステージが見えなくなる。タッパには不自由してないので立ってもいいのだが、疲れるのはイヤなので最後まで座りっぱなし。1回目のアンコールでえらく派手な音になったのでどうしたのかと思ったが、後で調べたら、ジェニファー・バトンが入ってきたらしい。立ちゃよかったな。あのカワイイ声で「ローリン・アンド・タンブリン」が聞きたい。
 最後のアンコール「虹の彼方に」を演る前にジェフ・ベックが「皆様が安全にお家に帰れますように」てなことを言っていたので、ジェフはこの日(7日)の夕方のロンドン・テロをすでに知っていたと思われる。コンサートの後で買った2003年収録の「ベック・ライブ」よりも音がいいような気がしたライブだった。
しばらく後で思ったことだが、ジェフ・ベックって無形文化財っぽいよな。人間国宝だ。

 この間の東京出張は動きがとれず、神田の三省堂で機本伸司『僕たちの終末』を買っただけ。後で開けてみたら著者のサイン入り。まあ落書きといわれても・・・。話の方はトントン拍子で恒星船の企画と着工そして完成へと進む。リアリティはないけれど読んで楽しいし、ラノベ風といえばラノベ風なんだろうが、ハードSFの情報量は一応クリアしているように見える。

 ハヤカワのラノベ路線らしい桜坂洋『スラムオンライン』。SFマガジン7月号の表紙の女はこの作品のオンライン格闘ゲーム内キャラだった、それもかなり脇役。toi8の趣味?作品自体は格闘ゲームオタクの自己実現というか恋の成就というか、『フィニィ128のひみつ』がSFであるという意味ではSFな話。8ページから9ページにかけての文章の中に村上春樹の『アフターダーク』の始終が収まっている。それにしても「ハンバーガーショップで金の取れる笑顔」って、村上春樹のパロディみたい。

 久々に聞いたこともない作家の作品が出てなんとなく読んだ。アン・ハリス『フラクタルの女神』(ちょっと首をひねるタイトルだが、原題じゃ訳題にならないか)はなかなか堂に入ったバイオレンス・ノベル。SF的妙味もあまり期待しなければ、それなりのアイデアといえようか。登場人物達の扱いが酷薄でいかにも現代風、オチは甘いが。特にけなすことはない出来だけど、反芻してみるとあちこち飛び回る割にちょっと世界が狭いかな。
 

 佐藤友哉『子供たち怒る怒る怒る』は著者初のハードカヴァー短編集(のはず)。文芸誌に載せるためなんだろうけど、鏡家サーガのような甘みは少ない。「妹」萌えもあいかわらずだけれど、作品のヒリツキ方がきついのでそれほど鼻につかない。表題作が一番なのは間違いのないところ、長いしね。短いのはブラック・ユーモア物として読めないこともない。

 とりあえず最終巻のフリッツ・ライバー『ランクマーの二剣士』は、さすがライバーの力量を示した長編に仕上がっている。もちろんファファード&グレイ・マウザーの話なんだからそういうタイプのおもしろさなんだけれど。SF系日記の魚蹴さんがいい褒め方をしていたけれど、これが楽しめるのはやはり人生のささやかな希望ではなかろうか。鼠姫ヒスヴェットのキャラが最高に嬉しい。

 ソウヤーを後回しにして読んだのが、『フェアリイ・ランド』以来のポール・J・マコーリイ『4000億の星の群れ』。実は『フェアリイ・ランド』が大好きで、この10年に読んだベストSFのひとつだと思っているくらい(もう細かい話は忘れましたが)。デビュー作でこのタイトルには思わず期待してしまったけれど、どっこいシェークスピア引用癖の日系女性(全然日本人ぽくないよ)の異星でのサバイバル・トラベローグ。強化型人工テレパシストみたいな「能力」の使い方はなかなか。クライマックスが会話の中で説明されてしまうのは残念だが、クールといえばクールか。とりあえず続編翻訳希望。
 


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