みだれめも 第172回

水鏡子


 市立図書館の主催で「リサイクル交換会」があった。図書館の除籍本ではなく、市民のいらなくなった本を集めて、一人10冊まで持ち帰ってもらう仕組みである。総計5000冊くらいだから「リサイクル交換会」としてはわりとささやかな規模である。
 朝9時のオープンにちょっと遅れていったら、入場制限の番号札が256番。最初の人は8時ころから並んでいたという。この番号ではほとんどなにも拾えないなとあきらめながら、とりあえず30分待ちで入ってみると、意外と面白いものが残っている。ハヤカワFT文庫などもわりとある。とりあえず10冊拾う。古本屋を覗いて回る。なにもない。3時間ほどしてもういちど行く。まだ拾えるものが残っている。また10冊拾う。
 拾えたことは嬉しいけれど、状況が気に入らない。
 要はぼくの欲しがる本というのを、だれも欲しがっていないということではないか。本を求めてきた人は、たぶん1000人弱だと思うのだけれど、この人たちは、いったいこのへんの本を拾わずに、なにを拾うというのだろうと、わたしとしては思うところであるのである。あとで聞いたところだと、中公・世界の名著など、半分以上が残ってしまったという。悲しい話だ。
 今回の収穫。中公・世界の名著『カント』『ウェーバー』『アウグスティヌス』『ヴォルテール他』『キケロ他』『ギリシアの科学』、
『現代思想 総特集・禅』『現代思想 総特集・日本の根っこ』『イマーゴ 総特集・夢』『イマーゴ 特集・記憶』『イマーゴ 特集・催眠術』『イマーゴ 特集・脳という宇宙』『理想 特集・無の思想』『ダダ 芸術と反芸術』『改造社版現代日本文学全集別巻 現代日本文学大年表』『ミンコフスキー 生きられる時間』『竹内啓編 無限と有限』『ブリッグス 不可触民の民族と宗教』『キルケゴール 死にいたる病』『水田寿一編 黒人ジョーク集』
 「世界の名著」はこれで三分の二くらい揃った。せめて解説だけでもちゃんと読んだら、少しは頭もよくなるんだけどなあ。

浦沢直樹『プルートー 1』+『MONSTER』 手塚治虫『鉄腕アトム 地上最大のロボット』
 例会でみんなが褒めている。読んだ感想は浦沢直樹ならこんなものといったもの。けなし言葉じゃないけれど、褒め言葉でももちろんない。ぼくとしてはいちばん好きな浦沢直樹は『MASTERキートン』なのだけど、あの作品を書けた作家が技術を磨き続けていれば、本書のような作品はけっして想像の埒外に位置するものではない。『MONSTER』にしても、世間の高い評価と裏腹に、浦沢直樹の予定調和の枠の中に充分納まる印象で、どうなるんだろうといった期待感とは無縁のところで安心して読みきれた。この『MONSTER』の主人公のDr.テンマが天馬博士をモデルにしているという話もあるらしく、そういわれると、どう「アトム」と関わっているかをチェックする意味でも、同じドイツのロボットをベースに物語が組み立てられる『プルートー』を読むのに合わせて『MONSTER』はちゃんと読んどかないといけないかなと、3巻目までしか持ってなかったのを全巻揃えてしまった。最初に書いたように読み応えはあるし、充実した時間を過ごしたのだけど、どこに連れて行かれるのだろうといった不安感がほんとうに生じない。それだけ作者が信頼できるということであるのだけれど、ふつう多くの作品を読みながら期待するのは、やっぱり「どこに連れて行かれるのだろう」というところにあったりする。巨匠の円熟作よりも新人の不安定な作品に惹かれるのもそんな想いの為せるわざなのだと思う。
 で、当然のように「地上最大のロボット」を読み返したくなった。じつはうちには『鉄腕アトム』がない。しかたがないから古本屋に行く。これが意外とたいへんで、『鉄腕アトム』のほとんどの版が外から見えるところに収録作品の記載がない。新刊古本問わずコミックはたいていビニール掛けである。店員に尋ねたところでわかるわけもない。大体の予測を立てて、秋田書店版の15・16巻を購入した。買って帰って開けて驚く。「アトム大使」や「ミドロが沼」が収録されている。なんだこの組み方は。
 呆然として、7・8巻を買ってみる。「アトム今昔物語2・3」である。ということは・・・。で、やっと第3巻に収録された「地上最大のロボット」を手に入れた。さすがに今読むと、小学生に主体を置いた創作作法につらいものがある。むしろ初期のアトムのほうが大人になっても楽しめる。「地上最大のロボット」や「ロボイド」のころというのが雑誌連載をリアルタイムで読んだ時代で、あのころは、このへんのアトムの方が年相応でおもしろかった記憶がある。
 4番目に壊されるゲジヒトを主人公にした『プルートー』。どう料理するか楽しみではある。

田中ユタカ『愛人 1〜5』
 コミックをもうひとつ。
 舞台は人類が滅亡の淵にある近未来。余命1年を宣告された少年が、終末医療措置として人造遺伝子人間「愛人」を申請する。「愛人」の寿命は10ヶ月。ゴールを定められた二人の純愛生活が始まる。
 ゲーム、小説、コミックと大量に氾濫するセクソイド系SFのひとつだけれど、再読三読できる作品だ。
 幸せであればあるほど涙を誘う、萌えと泣かせのこれ見よがしの連祷で、ある意味あざとい設定だけど、作者はこの設定に、真っ正面から向かい合う。ふつう読書というものには、作品と自分の間に距離を置く作者のガードをすり抜けて内面部分を作品に手がかりを求めながら追走していくところがある。けれども本書の場合、作者はほとんどノーガードで物語にのめりこむ。作者の気分や心象が、生で吹きつけてきて位負けする。連載完結が2002年の夏で、完結直後に体調を崩して今年の10月にやっと単行本を出せたと聞いても、納得ができる出来栄えである。
 もともとH系コミックの人である。一応3冊買って読んでみたけれど、どちらもただのH系コミックだった。『愛人』が、エヴァは当然としても、ディックやクラークといった翻訳SFのタームを盛り込んでいるので、もうちょっとSFが混じっていると思ったのだがそちらのほうは期待はずれ。ただし、モラルの面で鬼畜のキの字も許さない、ほとんど潔癖といっていい純愛+H路線で、それがそのまま、本書の姿勢につながっている。『愛人』終了後の作品集『しあわせエッチ』は一皮向けた凄みがあった。

仁木稔『グアルディア』
 あらすじにすると、安っぽくなりそうな話を、読み応えのある複雑で重厚な物語に仕上げている。誰が物語の中心で(たぶんアンヘルのはず)、だれが語りの中心か、わかりづらい構成なのだが、キャラクターの造り込みと卓越した描写力、イメージ喚起力はすばらしく、とくに混乱もなく、猥雑で熱気のこもった作品になっている。

サックス・ローマー『怪人フー・マンチュー』
 正直つまらない。でも翻訳がでたことは寿ぎたい。せわしない連続活劇を活字で追う文体はこの時代の大衆小説の典型なのだろう。うちの押入れのどっかにはこのシリーズの原書が10冊くらいあるはずである。

矢作俊彦『ロング・グッドバイ』
 まだ読んでいなかった『長いお別れ』を買ってきた。パラパラめくってみる。なるほど最初も最後も同じ文章である。同じスト−リイをアメリカを日本に、第二次大戦をベトナムに置き換えて、不自然のない物語に作り直してみせる。チャンドラーから持ってきた気障な言い回しが安っぽいけど、それも目的のひとつなんだからしかたない。楽しんだ。

須賀しのぶ『帝国の娘 上下』『砂の覇王 1〜9』
 今いちばんはまっている。残りもまとめてレビューしたい。
クリストファー・プリースト『奇術師』
ロバート・リード『地球間ハイウェイ』
山田風太郎『戦中派動乱日記』○ 


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