みだれめも 第171回

水鏡子


○夢枕獏『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』
 まとまりのある、いかにも夢枕獏らしい話である。同じ文章がなんどもくりかえされるとか、キャラクターが『陰陽師』と一緒といった不満も聞くけれど、それなりのゆったりしたリズムで流される物語はこれでこれで心地よい。若干の不満をあげれば、後日談が長すぎて、全体に間延びした印象を与えている。
 問題があるとしたら、執筆18年とか、ハードカバー4分冊とかいった触れ込みから期待される波乱万丈大伝奇でなく、『聊斎志異』や『今昔物語』の1挿話といった感じのコンパクトな物語だったこと。
 あとがきで、書き出した当初は楊貴妃の登場など考えてもいなかったとのことで、たぶん言ってるとおりであって、楊貴妃の物語を重ね合わせることで、作品に奥行きとふくらみを増したことは疑いないと思うけど、それでも、このコンパクトなまとまりのよさは、空海とペルシャの幻術士の唐王朝の命運を賭けた幻術合戦といった当初の構想が破綻なく結実した結果であるように思える。作者の力量からすれば、1年くらいで仕上がっていて不思議のない小品である。
 大仰な触れ込みがバランスを欠く期待はずれ感を生むけれど、伝奇小説の祖型的な安定感を備えた佳品。評価としては中の中。

○北野勇作『人面町四丁目』
 『われはロボット』を読み返して改めて思ったのだけど、連作短編集というのが好きなのである。SFを読み出したころ夢中になった作品の多くが連作短編集だった。『都市』とか『火星年代記』とか、ひとつひとつの作品が短篇としての切れ味を見せながら、複数の作品が重ねあうなかで浮きあがってくる奥行きのある背景世界にふれる感触。
 『宇宙船ビーグル号』とか『果てしなき旅路』みたいに長篇仕立てにされると、かえって物語が長篇の枠組みに囲い込まれるようで物足りなかった。
 連作短編集自体はいまでもたくさん出版されている。けれどもその大半は単なるキャラクターの遭遇する事件を順に綴っただけであったり、長篇の分量を構成する力の欠如にすぎなかったりするものも多い。短篇優位の切れ味を感じさせる作家、作品は意外と少ない。
 北野勇作はそういう短篇優位の数少ない連作短篇作家である。
 ただ、問題はこの人の作品がクロニクルを指向しないところだ。いくつ読んでも完結しない。読めば読むほど世界の輪郭があやふやになる。それがまた魅力でもある。前に呼んだ作品と今度読んだ作品と、そもそも今度読んだ作品だけをとりあげても、各作品の背景の整合性がとれているのかいないのか、考えるのもめんどうになるゆったりとした気分が心地いい。本書については『どーなつ』より、短篇としての切れ味、密度において物足りなさが残る。それでもやっぱり読んでよかったと思う。北野ワールドの地図というのは欲しいような欲しくないような。

○上遠野浩平『ソウルドロップの幽体研究』
 なんとなく「虚空牙」ではないかという気がする「ペーパーカット」と呼ばれる人間研究を目的とする泥棒に、『しずるさんと偏屈な死者たち』の舞台となった病院を経営する調査研究機関所属の超人探偵たちが挑戦するという構図である。はじめて手にとる読者に対してひどく不親切な仕上がりで、新レーベルの新シリーズの立ち上げとしてはいかんのでないかと思う。新規読者を開拓しようという意志を欠いた怠慢に思える。なじみの読者なんてものは基本的に飽きて減少していくものだから、作家というのはつねに新規読者を開拓していく気概がないと、小説世界が縮んでいくように思える。
 作品的にも「事件」や「ナイトウォッチ」に比較してかなり粗っぽい。かなり不満。

○牧野修『楽園の知恵』
 筒井康隆やかんべむさし、川又千秋、吾妻ひでおといった作家たちのもっとも優れた作品群を構成するものに「言語的宇宙」をテーマにしたものがある。その後継を代表するのが牧野修である。神林長平のヴァーチャル宇宙というのは存在原理においてたぶん別物である。大森望が牧野評で好んで繰り返す文科系SFと理工学系SFの差みたいなものとつながるかもしれない。
 本書はまさにそのエッセンスというべき神話的世界を扱った作品群を集めた短編集である。
 あらためて思うのは、この作者の鋭敏な言語的感性で、同じようなテーマに挑戦した他の作家に較べると、世界論理や理屈より言語的妄想が先行して世界が成立している印象が強い。内容的には陳腐なもの、ばかばかしいもの、破綻しているところもあるけれど、それらすべてを糊塗し不問に付してしまう強烈な文章力である種の傑作に育ててしまう。本書を読んで気がついたのは、世界の滅亡への耽美的な愛着とともに父親的存在への執着がやけに目につくことだった。85年の作品と01年の作品が並んでいて作品の質が高いところで均質なのもすごい。個人的ベストは「バロック あるいはシアワセの国」「演歌の黙示録」。

○桐生祐狩『小説探偵GEDO』
 若いころこういう本を読んだら、「言語的宇宙」への挑戦作として興奮し、わくわくしながら読んだような気がするのに、今、現にこの本を読むと、「よくある小説」といった印象でしかない。それだけ世界が進化したということだろうか。
 各種小説ジャンルへのガイドブック的情報をまじえながらのよくできた小説で、キャラが漫画っぽいところはあるけど、充分許容の範囲内。楽しんで読んだ。

○京極夏彦『百器徒然袋 風』
 過去視のできる名探偵、榎木津を主人公にした京極堂外伝第2弾。
1作目については、京極堂が道化師的に表現されるなど、本伝のパロディ的要素が気になって、主として本伝への悪影響が気になってかなり辛い評価になったけど、2作目ともなるとそれなりに独立した気風も確立されてすなおに楽しめた。評価中の中。

○冲方丁『カオスレギオン03』『カオスレギオン04』
 兄の髑髏と戯れるレティーシャの存在感が強くなるにしたがって、世界に厚みが増してきた。『ばいばいアース』に雰囲気が似てきているのは、あの本を書き直しているせいか。好感度高し。評価中の上。

○今野緒雪『マリア様がみてる 特別でないただの1日』
 中の中。


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