内 輪   第162回

大野万紀


 鳥インフルエンザでマスコミは煽るのと抑えるのと、バランスに苦慮している、というか、かなり支離滅裂になっていますね。しかし鳥インフルエンザって、ニワトリやアヒルやカモみたいな連中ばかりがかかるものなのでしょうか。ハトは?カラスは?カモメは? 公園でハトがぶわーっと子供に向かってくるし、ぼくの車にはハトがいつもふんを落としてくれるのですが、大丈夫なのかねえ?
 で、感染の拡大を防ぐためといって発生した養鶏場のまわり何キロでニワトリを処分したとか、軽くいっていますが、考えてみると恐ろしいことですね。大虐殺が行われているわけだ。ニワトリだからあまり気にならないのかも知れないが、これが犬インフルエンザや猫インフルエンザだったらと思うと、どうなるんでしょうか。きっと犬はOKとか、差別しちゃうんでしょうね。中国ならやっぱり大虐殺?
 まあヒトインフルエンザが発生した町の住民をどうこうするという話は聞かないから、何か線引きはあるんでしょう。
 しかし、小松左京の『復活の日』やティプトリーの「エイン博士の最後の飛行」のような事態になれば、どうなるかわかりませんが。 

 それではこの一月ほどで読んだ本から(読んだ順です)。

『スター・ダックス』 草上仁 朝日ソノラマ
 〈スター・ハンドラー〉のシリーズと同じ宇宙が舞台らしい、こちらはちょっと大人向けなコン・ゲームSF。宇宙の大詐欺師ショウが、国家錬金術師じゃなくて国家詐欺師に任命され、やたらプライドの高い優秀な犯罪者たちのドリームチームのリーダーとして、チームを率い、国家公認の大がかりな詐欺を仕組む。登場人物がみんな生き生きとしているし、展開がスピーディだし、コン・ゲーム小説の命である、だましだまされ、目くるめく逆転また逆転がとても気持ちよく決まっている。多少無理っぽいところがあっても、そこは勢いだ。詐欺のネタとなる先物取引や、宇宙SFらしい時間取引なんてのも、なかなかそれらしく描かれている。勉強になります。草上仁の作品は本当にコンスタントに面白い。安心して読めます。単に舞台が宇宙というだけでなく、宇宙的な経済犯罪のネタに、SFらしさもちゃんとあって、満足感の高い一作である。

『ららら科学の子』 矢作俊彦 文藝春秋
 面白いだろうとはわかっていたが、何ていうか、反発する気もあって読むのをためらっていたのだ。で、読んでしまった。思った通りの話で、はまった。もっとも本書は読者の世代を選ぶのかも知れない。でもぼくにとっては大傑作だ。ぼくは主人公(全共闘の時代に中国へ密航)と同世代ではないし(数年の違いなんて大した違いじゃない、という人もいるだろうが、断じて違う。あの時代に大学生だったか、中学・高校生だったかというのは大きな断絶だ)、本書に出てくる東京のディテールには、今も昔も詳しくない。ノスタルジーというわけじゃないのだ。そんなもんじゃない(もちろん、当時の東京の風景をよく知っていたなら、本当に泣いちゃうかも知れないが)。30年前というのは、決して大昔ではない。終戦を知らないまま帰ってきた日本兵ではないのだ。でも、30年間で連続しているものと、不連続なもの、それがこの日本にもあり、中国にもある。微分された時間の中では気づかなかった大きな変化がある。今はもう21世紀。まるでレムの『星からの帰還』のように、不連続な時間はめまいを起こさせ、疎外感を際だたせる。しかし急速解凍された元全共闘のおじさんは、そんな時間に流されることなく、ゆっくりとだが着実に(今や裏社会の顔役であるかつての友や、中国に残した妻の記憶、年の離れた妹、街で知り合った少女とともに)自分の時間を取り戻していく。結末のかっこいいこと。ちくしょう、30年か。参ったなあ。

『太陽の塔』 森見登美彦 新潮社
 京大5年生(休学中)の妄想小説。ストーカー的な妄想が中心かと思って読む前はちょっと躊躇していたのだが、そうではなかった。もっとたあいのない話(ほめ言葉)。今の学生もぼくらのころと変わっていないところがあるんだなあ、と思う。アパートの一室でひたすら脈略もなく羽ばたいていくバカ話を友人たちと続ける。ほんと、ヒマだねえ。京大、クリスマスイブ、自転車、(宮崎駿の猫バスみたいな)叡電、太陽の塔、そしてゴキブリにええじゃないか。ひきこもりの暗い妄想じゃなくて、こいつらとならバカ話をしてみたい、と思うような友だちの列伝にもなっているところが好ましい。ぼくは京大生じゃないけれど、この辺にはよく行ったもんなあ。しかし、ファンタジーノベル大賞? 学生のリアルな妄想はファンタジーなのか。うーん、そうかも知れないけれど。

『不思議のひと触れ』 シオドア・スタージョン 河出書房新社
 ほのぼのとしたスタージョン。ハッピーエンドな話が多い。『海を失った男』より、確かに初心者向けか。あっちはSFが多かった。こっちもSFはあるが、より普通っぽい人間の感情に重みが置かれている。愛とか、孤独とか、知的好奇心とか。だから「いい話」が多い。でも凄みは少ない。「もうひとりのシーリア」はあんまり普通っぽくない(『海を失った男』に含まれていても良かった)が、でも凄いという話じゃないしね。好きなのは「タンディの物語」や「閉所恐怖症」。いかにもその昔の楽しいSFじゃないですか。ま、本書で一番読み応えがあるのは、実は大森望の解説かも知れない。長さを気にしないで書いたということだが、そういう時の大森節は楽しいねえ。

『凶眼リューク 黒真珠の瞳』 草上仁 EXノベルズ
 小林智美の表紙とイラスト入り。小林智美とくればロマンシング・サーガだなあ、そして本書の出版元はスクウェア・エニックスだ。というわけでかどうかはわからないが、世界はお約束っぽいRPGなファンタジー世界である。エルフとかホビットとかが生活し、魔法もある。でも作者は草上仁。物語の組み立てはタフでハードボイルドな探偵ものだ。凶眼リュークというヒト族の探し屋が主人公。ドジな助手のホビットやエルフの娘も登場し、公国の跡継ぎを巡る陰謀に巻き込まれていく。というわけで、いつもの草上仁っぽいストーリーが、ファンタジー世界で繰り広げられるわけだ。面白く読んだのだが、やはりストーリーと世界とのアンマッチ感というのが気になる。RPGなファンタジー世界でハードボイルドな探偵ものも可能だし、実際そういう話も過去にあったと思うのだが、論理重視な作者のストーリーテリングとあんまりマッチングが良くない。水鏡子いわくのアンノウン型ファンタジーというのに近いわけだが、あっちはそのミスマッチをユーモアで楽しもうというものだと思う。微妙ですね。はっきりSFにしてしまった方が作者の場合ぴったりくると思った。

『針』 浅暮三文 ハヤカワSFシリーズJコレクション
 触覚をテーマにした異常感覚SF。というか、奇病もので、バイオSFでもある。アフリカ起源の「針」のような病原体(本書ではまるでそれが意識をもっているかのように描かれているが、これは文学的誇張というやつでしょう。でもまあ利己的遺伝子みたいにある程度擬人化して読んだ方が後の展開がわかりやすいとは思う)に感染した男が、皮膚感覚の異常に襲われ、その欲求のおもむくままに電車で痴漢したり、ついには監禁レイプにおよぶという、まあポルノ風な小説でもある。悲惨な話だが、「針」の立場から見れば、これはハッピーエンドなのだなあ。前半の、異常な皮膚感覚に襲われた男の、ひたすら濃密で細かな描写が印象的で面白い。ぼくは小松左京の名作「愛の空間」を思い起こした。ただ、愛の空間はひたすらエロティックだったがこちらにはタナトス的な恐怖が混ざっている。アフリカの部分が(結末はいいとして)あまり生きていないのと、中盤以後が少し冗長で、ポルノ風になってからかえって触覚描写の衝撃度が薄れてしまうのが惜しいと思った。

『地球に落ちて来た男』 ウォルター・テヴィス 扶桑社
 1963年の作品。デイヴィッド・ボウイ主演の映画が76年か。確かに古い作品ではあるのだが、古さはあまり感じられない。いや、むしろ50年代SFに近い感触があるのだが(世界を覆う破滅の予感)社会的なテーマよりも個人の孤独な内面(何しろ地球に落ちて来た男なのだ)をしんみりと実感をもって描いていることにより、時代を超えた作品となっている。こういう話にしみじみ感動してしまうのは、ぼくも年をとったということかもなあ。若い頃なら、この結末には反発していたかも。映画のせいで主人公は若い印象があったのだが、本書を読むと、これは中年以上の心情を描いていますね。主人公の種族そのものが老成しているようだし。主人公は異星の科学知識を利用して新製品を開発するのだが、それが別の時間線の未来を見るようで、大変印象深い。予想が外れたとか、古くさいとかではなく、あり得たかも知れない別の未来のようだ。


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