続・サンタロガ・バリア  (第24回)
津田文夫


 何年かぶりに大風邪をひく。3日間寝込んでまだ全快しない。それにしても今月は天誅殺な月だ。10年以上使ってきたスピーカーは壊れるし、仕事じゃイギリス方面にトラブル発生だし。今日は罪滅ぼしに、ブリズベンから取材に来たオーストラリア人の自称作家とその助手のお兄さん相手に朝9時から4時間ぶっ通しでレクチュアのサービス、2人とも日本語ペラペラだからノー・プロブレム。でも、もらった名刺はなぜかカンタスのゼネラル・マネージャ。本業のゲラ直しとスケジュール進行がまたもやほっぽらかしで、期日に間に合うのか、オレ。しかし悪いのは初稿ゲラを抱えたままフリーズしている先生だ。
 長年親しんだオンキョーのD−200/リヴァプールも左スピーカーのウーハーのエッジにクラックが生じては手の施しようがない。エッジを取り去ることも考えたがバランスが崩れるのは明らかなので、断念。ネットでビクターのSX500/ドルチェ・エテルナを即購入。今や純ステレオ用国産2ウェイは壊滅状態。海外製品の導入も考えたが、まともなオーディオ・ショップは近辺にないので、これも断念。つまるところ素性の知れているSX500にしたわけだ。SX500は20年以上前のSX−3にはじまるビクターの2ウェイ・ブックシェルフの最終形態。とはいえ最後のモデルチェンジがもはや8年前。5.1チャンネル全盛の現在ではいつ生産中止になっても不思議はない。リヴァプール耳になっているのでドルチェ耳になるにはしばらくかかるし、なによりもスピーカー自体のエージングが必要だ。記念すべき1曲目はMJQの「スウィングしなけりゃ意味がない」。リヴァプールより一回り大きいだけあって、ウッドベースの音程がずっとはっきりしているが、コニー・ケイの千変万化するシンバルワークにまったく対応できないのには笑ってしまった。ま、当たり前だけれど。とりあえず1週間も鳴らせば見違えるような音になるだろう。ビル・エヴァンスの「ヴィレッジ・ヴァンガード」では客席の様子が新鮮で演奏よりも耳をそばだててしまう。

 ブルース・スターリング『塵クジラの海』は、なんでファンタジー文庫?な微笑ましい処女作。小川さんがいくら頑張っても、主人公が渋い中年には見えない。翼人との痛い恋も笑える。笑う話じゃないのだけれど。読後感も傑作と言うよりは見所のある新人作家程度の作品であるなあ、というところに落ち着く。でも、紹介されてよかった。

 なぜか今頃『ファウスト』Vol.1を読む。舞城王太郎「ドリル・ホール・イン・マイ・ブレイン」、佐藤友哉「赤色のモスコミュール」、西尾維新「新本格魔法少女りすか」、飯野賢治「ロスタイム」は、この逆の順に読みやすい。飯野はオーソドックスそのもの。初めてという短編の結構は古典的佇まいだ。西尾維新も最後の2ページ以外はどうということもない。期待の佐藤友哉はまだ『水没ピアノ』のころから次のステージにいるとは思えない。舞城はまたもや見えない。きっと第2号も読むだろう。たぶん。

 今頃ついでに読んだのが、チャイナ・ミーヴィル『キング・ラット』。すんごいパワフルな話だけれど、洗練されていない。意気込みが先に立ってバランスがめちゃくちゃ悪い。ドラムン・ベースへ入れ込んだのがきっかけなんだから仕方ないことだが、こちらのほうには対応するものがない。なにしろELPの「リワークス」ぐらいしか思い浮かばないんだから。ま、「ジャングル」なんてもともと家のステレオで聴くようなシロモノじゃないだろうし、音楽を知らなくても十分読める話ではある。ロンドンのアンダーグラウンドものとしては同時期にニール・ゲイマンが訳されてたわけで、小説としてはゲイマンの方に一日の長があったと言うべきだな。ミエヴィルのSFが読みたいぞ。

 ハヤカワSFシリーズJコレの浅暮三文『針』。この作家は初めて読む。世界的なバイオ・ハザードのプロローグだけを、最初の症例だけを微細に描いた話。「針」の話に無関心ならタダのレイプ・ポルノである。アトピーとレイプが感覚異常亢進で繋がれてテキストレベルじゃなくて世間的にアブない話になっている。その意味では勇気のある小説だな。小説的には電車での「痴漢行為」の描写が白眉で、物語の本番部分が付け足しになってしまうほどだ。作者の細密感覚への想像力はその労苦に見合うだけの成果はあったということだろう。小説とは人工的なもの、という点で評価すべき作品。

 ダン・シモンズ『夜更けのエントロピー 』。どうもシモンズとはビミョーな距離を感じてしまう。それはカードに感じるのと同じ性質のもので、いまのところカードに対する嫌悪感ほど強くはないが、この短編集を読んでますます確信が深まった。物語づくりがイヤになるほど上手くて説教好き、というのがカードの嫌いな理由だが、シモンズの場合も話作りが上手くて先生であることが大好き、という点にイヤな感じを受けるのだろう。本人も自覚しているようなので、それが益々気に入らない。駄作はひとつもないし、「ドラキュラの子供たち」から後の作品はどれも一騎当千の傑作だ。しかし、反りが合わない。


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