みだれめも 第163回

水鏡子

 


○茅田砂胡『暁の天使たち6』
 『暁の天使たち』完結?である。長大シリーズ中二階の踊り場で、とりあえずの収束を目指した巻であるので、いつもにくらべてテンションは低い。未完の保留つきで2003年のベストにあげてみたけれど、ここで完結といわれると評価するのは若干つらい。ただ、うまいなあと感心したのは、ルウを一気にスケールアップして、キングとジャスミンのレベルを脇役クラスに落とした手ぎわ。ずっと「闇と太陽と月」話に疑問を呈してきたのだが、突然出てきた敵集団のおかげで、一応今後の物語の型も呈示できたようである。本人もあとがきで弁解しているように、完結というのはおこがましいが、この力関係の逆転で、本筋がスペースオペラからは決別せざるを得なくなったのは確かだ。しばらくは後片付けや間奏曲が続きそうだけど、今後のファンタジイ系展開のなかでキングとジャスミンをどう生かしきれるかお手並み拝見と行きたい。楽しみ。

○樹川さとみ『楽園の魔女たち 楽園の食卓(前)』
 「楽魔女」最終巻とあとがきに書いてある。それにしては盛り上がりに欠ける。こちらが飽きてきたせいなのかと、気になって読み返してみたが、やはり『間違いだらけの一週間』を最後に語りを楽しむことより、物語を進めることに汲々として、物語世界がやせほそった感がある。できのいい読みきりネタの裏っかわに丁寧にキャラたちの個別事情をほのめかしてきた周到な伏線が、それほどの感慨もなく無造作に投げ出され、ギャグをまじえたシーンとシーンをつなぐだけ。大河小説の大団円に向けた物語のうねりが感じられない。最終巻というからには、ゲストキャラ多数の引きずる各種物語への決着を含めた大クライマックスを期待したのだけれど、期待倒れに終わりそう。それにしても、ちょっと気になっただけで、全巻読み返せてしかも繰り返し楽しめてしまう読みやすさというのは、これはこれですごいものだとも思う。

○福井晴敏『川の深さは』
 2000年の刊行だけど、執筆は最初期のもの。43回江戸川乱歩賞候補作。じっさい、主人公が仕事で日ごろ使用しているソフトがマルチプランだったり、ところどころアップデイトのしくじりがある。生硬な部分も多く、荒削りでバランスを欠くところも目立つが、『終戦のローレライ』と共通する部分も多い。というか、もしかしたらこういう話しか書けないのかもしれないと思うくらい、呼応する部分が多い。若い一途な二人のためにおじさんたちが頑張る話だ。最後はこんな展開にしないで敵基地襲撃で収めておいたほうがいいのにと思うけど、これがやりたいんだろうなあ、と思うと、功成り名遂げた段階で、ガンダム・ノベライゼーションに手を出す理由も納得できる。
 小説のバランスを崩す、現代社会の有様を呪詛するような述懐は、当時の作者の鬱屈した心情を反映させたものだろう。今も同じ言葉は繰り返しているけれど、制度化されて情念はわりと薄らいできている。
 読み応えはあるけれど、『終戦のローレライ』を上の中とすれば、中の下どまり。

○『TWELVE Y.O.』
 で。こっちが44回乱歩賞受賞作。うーむ、やっぱり同じ話だ。国家レベルの物語の鍵を握る少女を守る少年と、二人に仮託された若者たちに、明日の世界を渡すため奮闘するおじさん世代。事件や登場人物は総とっかえだけど、驚いたことに数年の間を置いて時系列が連続している。これはかえってマイナスだろう。同じような信念がぶつかりあって同じような経歴の同じような人間たちが同じような国家転覆事件を引き起こす。動機付けや行動原理も脆弱で、2作重ねあわされて、劇画的荒唐無稽感がむしろ強まる。読み応えはそれなりにあるけれど、福井作品のなかではいちばんできがわるい。

○『亡国のイージス』
 乱歩賞受賞後第1作にして、日本推理作家協会賞他受賞作品。もう驚かないけど、これまた『TWELVE Y.O.』の続編となっている。ラスト・シーンで前作の主人公が端役でゲスト出演する。
 これは傑作。福井作品で唯一「守られる美少女」がいなくて、しかも前2作の倍近い分量でじっくり書き込まれた作品である。泣ける小説としては、「椰子の実」というほとんど反則技に近いものを持ち出した『終戦のローレライ』に負けるけれど、本書にくらべ『ローレライ』では、風呂敷が大きくなったぶんだけ物語との距離が生じていた気がする。先に本書を読んでいたら『ローレライ』の相対評価はもう少し落ちていた。この2作に限ったことではなく、福井作品は登場人物の割り振られた職分と個性があまりに分かちがたく結びつけられ、同じ位置取りの人間は同じように行動し、同じように死んでいく。それはけっして不満ではなくむしろ予定調和の実現に寄与しており、作者は基本的な個性と行動原理の枠内で変化を持たせようと気を砕いている。大量生産する作家においては大きな批判材料になる部分だと思うけど、このペースの作家であればこれはこれでいいのだと思う。評価上の中プラス。

○『ターンエーガンダム』
 『亡国のイージス』と『終戦のローレライ』の間に書かれたノベライゼーション。ノベライゼーションという言葉にイメージされる安っぽさは、(先入観もあってか最初ちょっと持ったけれども)毛ほどもない。とりわけ人間関係が確立された中盤以降はアニメ本といった意識もほとんどなく楽しんだ。じつはアニメの方を見てないので、どういじくられたのかはよくわからない。全体的な感想として、地球帰還に反対するアグリッパの思想的部分を悪の親玉としての位置付けと兼ねあわせるのに苦労していたように思える。あいかわらず泣かせはうまい。評価中の上プラス。


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