みだれめも 第154回

水鏡子

 


 まだほとんど読んでいないというのに、今年の海外SFベスト5がほぼ固まった。
 1 イーガン2冊目の短編集(未刊)
 2 スタージョンの短編集(未刊)
 3 テッド・チャンの第1短編集(未刊)
 4 テリー・ビッスンの第1短編集(未刊)
 5 イーガン『万物理論』(未刊)
 5 レムの長編(未刊)
 5 『七王国の玉座』
 1位のイーガンは、ここに「しあわせの理由」と「ルミナス」が入るようだったらほぼ不動。オールタイムベスト級の短篇集である。『祈りの海』の評価が低かった理由のひとつというのが、日本で編まれたこの短編集に、同じ年に同じ訳者が翻訳した「しあわせの理由」が入ってなかったせいだったりするのだ。スタージョンはやや不安。あれとかあれとかあれあたりが入っていれば文句なしだと思うけど、この人の短編は合わないものはほんとに合わないから。それにしてもすごい。ほんとうにこれだけのものが出るのか。さらにここに割り込んでくる本がはたしてあるのか。順位に変動が生じるかどうか。けっこう楽しみ。2003年の対決は、ひさしぶりに海外SFの勝ち。

 そういえば、以前読んだ金井美恵子の対談で、ブック・ガイドで明らかに読んでいない本を挙げてる批評家がいる(解説の書き方を読めばわかる)、なんて指摘があった記憶がある。世の中こわい人がいるのである。見栄を張って馬鹿にされないよう気をつけよう。
 前回告白したように『指輪物語』をまだ読んでいない。ファンタジー、周辺領域の必読作で、しかも所持していながら読んでいない本というのはそこそこある。『ゴーメンガスト』三部作、『百年の孤独』、『V』、『やぎ少年ジャイルズ』、『ゲド戦記』、『It』などなど。
 SFは、さすがにそれほどひどくはない。未読本の筆頭は、長らく受け狙いもかねて『黙示録三一七四年』をあげていたのだけれど、W・ミラー・ジュニアの追悼文を書いたとき、しかたがないから読んでしまった。読んでなくてやばいなと感じているSFを今選ぶとしたら、『月は無慈悲な夜の女王』『スノウ・クラッシュ』『所有せざる人々』あたりだろうか。読めばたぶんそれなりに感動できると思うのに、まあいいか、と思うのはその作家に対する執着が、その本が出た前後から薄れ始めたということなのだろう。
 逆に、世間の高い評価に乗り遅れ、横目で見ているうちに、どんどん本が増えていき、どうしようもなく放置していたものに、ある日一気に勝負に出るというパターンもままある。ここんところそのパターンにはまるのがほとんどヤングアダルト系というあたり、気力が落ちて楽に流れているのかもしれない。
 エンターテインメントのジャンルの読書で楽に流れてなにが悪い、という気がしないこともないけれど、中身が薄いから楽に読み飛ばせるものがあることも紛れもない事実である。

 と、いったところで、茅田砂胡を一気読み。37冊を20日前後で片づけた。小野不由美、上遠野浩平と並ぶ、ヤングアダルト三傑の風評は伊達でなかった。
 そういえば、ヤングアダルト本の大半を古本屋経由で仕入れているけど、この3人をはじめとして風評の高い作家の本は、意外と入手困難なのだ。古本屋に出回っている数はたぶんB級品より多いだろうけど、売れ残る数が少ないということだろうと推測する。

 まず『デルフィニア戦記 1〜18』
 遅まきながらの読了である。だいぶ以前に1巻目だけ読んだ印象は、それなりに面白がったものの、オーソドックスなストーリイ、構成・文体とも若干肌目の荒さも感じられ、既に完結していた残り17冊の分量にとっかかるところまではいたらなかった。中の中。
 今回読み返した意見も基本的には1巻目の感想とそう変わるものではなかった。友愛と家族愛に満ちた骨太の予定調和願望充足王道歴史ファンタジイ。王国を追われた若き王が放浪先で知り合った美少女。じつは異世界から落っこちてきた超絶的力を持つ<少年>で、転身したときなぜか女になってしまったのだという。この少女の助けを借りて、男が王位を取り戻すまでのプレ・ストーリイがちょっとあって、そこからあとは、この国を侵略しようとする隣国の2大強国との一大戦記が十数冊、一気呵成に物語られる。これに重ね合わせて、少女の出現が、<闇>と<太陽>と<月>という3つの力の片割れである<月>と<太陽>を出会わすための運命のなせるわざであることが語られて、少女の出現から退場までの物語として、もうひとつの枠を作っているのだけれど、こっちの方はどうも話がふわふわしていて重みに欠ける。単なる彩りネタだとばかり思っていたのだけれど、作者の中ではこちらのほうが原点らしい。
 『王女グリンダ』は以前大陸書房から出ていて未完に終わったデルフィニアの旧作の出し直しである。こちらの方は、メイン・ストーリイが見紛うことなく<闇>と<太陽>と<月>の物語であり、結果的に物語として重厚もしくは鈍重な安定感に欠け、ひよわな印象が残る。そのぶん堂々たる王道小説たる本編からは嗅ぎ取れない<へん>さがあって、これを読んでいないと作家評価をかなり読み違えることになっていたと思う。
 長い物語がエピソードの連作とならず、十数冊がほぼ単一の長編としてしあがっている。これもけっこうすごいと思う。第2部『スカーレット・ウィザード』は外伝も含めて6冊という短さだけど、あちらはむしろ連作長編の印象が強い。
 「構成・文体とも若干肌目の荒さも感じられ」と書いたけれども、物語の疵というほどのこともなく、さらに、巻数が二桁を越えるあたりから、人間関係の描写にも、めりはりや深みが増してくる。とりわけこの作者、筋に恋愛がからんでくると凶暴さがパワーアップする気配がある。読み応えあり。中の上。

『桐原家の人々 1〜4』
 ボーイズラブ風味はきらいだ。読むのに苦労してみて初めて気がついたのだけど、ホモネタ系ヤングアダルトを読むのはどうやら本書が最初のようだ。『カリフォルニア物語』『ファミリー』『エロイカ』の時代から『OZ』『原獣文書』やらなんやら扱いの軽重はあるものの、コミックでやたらと拝んでそこそこ免疫ができてたつもりだったので、小説本での自分の拒否反応がけっこう意外だった。これまで読んだホモ本で記憶にあるのは橋本治(『桃尻娘』ほか)と小松左京(「星殺し」)くらいか。
 相当に複雑怪奇な家族関係を作り出し、しんみり気分も醸し出す、家族愛をベースにしたシチュエーション・コメデイである。コミックだと加藤知子あたりに近いか。中の中。
 『王女グリンダ』と同様、旧版『恋愛遺伝学講座』を読もうとしたけど、こっちは基本的に同じ話で文章力描写力がかなり低劣。『桐原家の人々』のあとでの読み比べはつらいものがあって挫折した。

『レディガンナーの冒険』『レディガンナーの大追跡 上下』
 動物に変身することのできる多種多様な種族と人間が共存する惑星で元気な女の子が活躍するお話。中世と西部劇が混在したような世界はそれなりにきもちいいが、全体に話が軽い。あるいはねかし方が足りないのかと思ってしまうのは、デルフィニアの本篇の堂々とした貫禄が、旧作からは予想も出来なかったせいである。息抜き気分で楽しみながら書いてるような気安さがある。中の中ややマイナス。

『スカーレット・ウィザード 1〜5・外伝』
 デルフィニアに続くシリーズ第2作。といっても、デルフィニアとのつながりはほとんどない。わずかに惑星ボンジュイの登場が背景宇宙の関連性を示唆するだけだ。外伝ではじめてルウが登場してくる。
 たぶんこれが現時点での最高傑作。デルフィニアの後半で高まったテンションを維持したまま長らく寝かしていた物語になだれこんだといった印象がある。人類宇宙を支配する財閥の跡取娘にして、宇宙連邦軍創設以来の兵士である女主人公が、手下を持たない一匹狼でありながら、宇宙海賊たちの間で海賊王の異名を奉られる主人公と強引に結婚し、夫婦で財閥支配をもくろむ重役たちと暗闘を繰り広げる物語。格調のの高いスペースオペラで、『サムライ・レンズマン』よりぼくとしては上位におく。外伝はともかく本篇はデルフィニアを読んでなくてもなんら支障はないのでSFファンにはまずこの本をお勧めしたい。
 「茅田砂胡の魅力は、物語のスケールの大きさと、それを凌駕する登場人物の豪快さにある」という三村美衣の評は言い得て妙だが、この評言時、念頭にあったのはおそらくデルフィニア以上に本書であったとみてまちがいない。上の中ややマイナス。マイナスをつけた理由は背景宇宙がわりと類型的なこと。そんなものはこのテンションでドライブされたらささいな疵にすぎないのだけど。

『暁の天使たち 1〜3』
 現在進行中の第3部である。
 『デルフィニア』のキャラと『スカーレット・ウィザード』のキャラが一堂に会する豪華版である。
 前2作と異なり話の落ち着き先がみえない。惑星ボンジュイと銀河系がぶっこわれて、関係者がデルフィニアの宇宙に移住でもするんだろうかと思ったりしているけれども、そもそも今回の話が<闇>と<太陽>と<月>をめぐる本編にあたるのか、それともプレ・ストーリイなのか、見極めがつかない。本人はとにかく<闇>と<太陽>と<月>の話を書きあげたいのだろうけど、はっきり言って、そっちの話はどうもリアルさに欠ける感がある。本編の背景設定は『スカーレット・ウィザード』の直後にあたるせいもあり、『スカーレット・ウィザード』キャラが目いっぱい存在感を発揮しているのにくらべ、ルウやらリイの登場シーンはなんか夢の中の話のようにふわふわしている。もしかしたらまた20冊近く続く話なのかもしれないし、そんなものを3冊読んだ程度でどうこういうべきではないのだろう。続巻を期待する。


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