内 輪   第141回

大野万紀


 それにしても色々と事件の絶え間ない今日この頃ですね。それはともかく『ロード・オブ・ザ・リング』見てきました。かっこいい。風景が、建物が、みんな雰囲気あっていいですねえ。登場人物たちも、じーさんたちもいいです。ただ(もちろん話は逆なのだけれど)RPGとしてはこのパーティ編成はどうよ、と思ってしまいます。特にじーさん、使えねー。魔法使いは魔法を使わなきゃだめでしょう。杖の攻撃力はたかがしれているのに。FFを見習え(ってだから話が逆だって)。後、後半でパーティ編成を分けるところね。一軍キャラと二軍キャラのバランスをちゃんと考えないといかんでしょう、とか。いやー、でも堪能しました。早く続きが見たい。

 それではこの一月ほどで読んだ本から(読んだ順です)。

『のーてんき通信 エヴァンゲリオンを創った男たち』 武田康廣 ワニブックス
 タイトルは実はあんまり関係ない。ガイナックス取締役、元SFファングループ連合会議議長、怪傑のーてんき、関西芸人、菅ちゃんの旦那、ダイコン3と4を創った男たちの一人、武田康廣の自叙伝である。76年の大学入学のころから、SF研との出会い、そしてダイコン開催からゼネプロ、ガイナという関西ファンダムのもう一つの流れが、わりと淡々と描かれている。もう一つの流れというのは、もちろん同時期にわれわれKSFAの流れがあるわけで、さらにいえば星群のような独立勢力、パンパカから続く流れ、イベント系にしてもミヤコン、シンコン、ダイコン5のような流れもあったわけだ。そういったことを、とても懐かしく思い出しながら読んだ。もっとも本書はファンダムの歴史が書いてあるわけではなく、あくまでも武田さん個人のやってきたこと、出会い、悩んだことなどが書いてあるわけだ。いつも陽気にエネルギッシュに見えた関西芸人も、いろいろと苦労していたんだなあ、と当たり前だがそんな感想をもった。しかしみんないいかげん歳をとったんだから、だれか70年代以後のファンダムの歴史をちゃんと書くべきだよなあ。

『ドラキュラ崩御』 キム・ニューマン 創元推理文庫
 前作が第一次大戦だったが、今度は戦後(1959年)のイタリアが舞台。話題の中心は映画なので、そっちの知識が乏しいとお楽しみも乏しいかも。もっとも詳細な解説はあるし、詳しくなくても雰囲気だけでも充分に楽しめる。今回はケイト、ジェヌヴィエーヴ、ペネロピの女ヴァンパイア3人がヒロインで、大活躍する。外見16歳のジェヌヴィエーヴがやっぱりかっこいいなあ。ドラキュラの死の謎など、ミステリ要素もあり、活劇もあり、長い小説だが、楽しく読めた。

『エロティシズム12幻想』 津原泰水監修 講談社文庫
 以前にエニックスから出ていたアンソロジーだが、講談社文庫に入った。エロティシズムをキーワードにしているが、ホラーやファンタジーの要素が強い。印象が強烈なのは牧野修「インキュバス言語」だろう。ほとんど筒井康隆している。エロティシズムというより下品で猥雑で強烈な言葉の洪水による創世記神話。この人はやっぱり凄いというか、変だわ。他ではどちらかというと男性作家より女性作家の作品に印象的なものが多かった。菅浩江「和服継承」、皆川ゆか「荒野の基督」、南智子「FLUSH(水洗装置)」など。

『太陽の簒奪者』 野尻抱介 ハヤカワSFシリーズJコレクション
 早川からの新しい日本作家シリーズ第一弾の一つ。SFマガジンに連載されたものを大幅に加筆し再構成したものである。傑作です。ハードSFということを強調するより、本格SFとして広く読まれたい作品だ。ファーストコンタクトものであり、宇宙SFではあるが、文明や知性といった大きなテーマが、技術的テーマよりも重視されている。その結論には異論のある人もいるだろうが、とにかくちゃんと一つの結論を出していることがいい。小説的にも、サスペンスの積み上げが効果を上げているし、何より異星人の構造物の描写が素晴らしい。変貌した水星の描写。その迫真的で、単なる想像を超えた具体的な視覚的イメージ。絵だけではなく、動きがある。ここは本当に、作者がクラークを自分のものにしたという印象だ。抑制のきいた筆致が的確な視覚的インパクトを与えてくれる。SFを読む醍醐味を味あわせてくれる傑作であり、必読。

『どーなつ』 北野勇作 ハヤカワSFシリーズJコレクション
 『太陽の簒奪者』とはえらい違いだが、これも日本SFの傑作だ。といっても、北野勇作の世界はこれまでの作品と結びついているので、本書だけではちょっと辛いかも。火星、工場や研究所、アパート、変容した(それでも今の日常が継続する)世界。混交した記憶。自己と自己でないものの境が不確定となり、他人の懐かしさが自分のものと混ざり合う。落語のあたま山のモチーフが繰り返され(それは自己言及――リカーシブ、メタ表現を示している)、穴の中に入ることでトポロジーがもつれていき、そこからタイトルの『どーなつ』も来ているのだろうが、ここはやっぱり『人口知熊』とか『アメフラシ』の方がタイトルにはふさわしかったのではと思う。アメフラシを研究する田宮麻美さんがすてきだ。

『首都消失』 小松左京 ハルキ文庫
 1985年の作品を今頃読む。実はまだ読んでいなかったのです。古いとはいっても85年、翻訳SFのタイムラグからいうとそれほど古いわけではない。しかし、ストーリーのポイントはソ連の動向だし、技術側面では「ニューメディア」がポイントなわけで、時代の流れは明らかである。ソ連は仕方がないとして、ニューメディアは面白い。何しろインターネットも携帯電話もないわけで、この時代のニューメディアは高速な通信インフラとテレビ会議システムのことのようだ。後、今でも実現できていないような高度な音声認識と人工知能による電子秘書システムも出てくる。第五世代コンピュータということばも出てきて、うっとなるが、それはともかく、効率的なコミュニケーションが危機管理に重要という、確かな事実が描かれている。震災の時のことを思い出してため息が出たよ。テレビ会議システムなんて、ぼくも日常的に使っているのだが、いかに効率のいいインフラがあっても人間が変わらないなら同じことだ。SFとしては「物体O」の長編化といっていいわけだが、とにかく前半のサスペンスは素晴らしい。非日常的で大きな事件を日常の中に放り込むときの描写力は凄いとしかいいようがない。やがて話は政治的なサスペンスに移っていくわけだが、ここも面白い。問題はしり切れトンボで終わってしまうことで、まあこれも小松左京の興味がそれ以上続かなくなったということで、仕方がないのかなと思う。どんな結末がつこうと、もうそれは日常に衝撃を与えて思考実験をおこなうというテーマからすれば、蛇足にすぎず、もはやどうでもいいことなのだろう。

『青の妖精』 東野司 徳間デュアル文庫
 よろず電脳調査局ページ11シリーズの3作目。といっても、過去2作は読んでいない。でも、これって、あのミルキーピア・シリーズの続編でもあるのだね。ミルキーピア・シリーズは面白くてずっと読んでいたのだが。さて、本書だが――うーん、よくわからん。主人公の女の子がまずよくわからん。前作を読めばもっと理解できるのか? キャラクタの情緒的な書き込みはちゃんとしていて、真摯な気持ちは伝わってくるが、なぜ、どうしてという背景や動機が見えてこない。物語そのものも、(物語世界での)リアルさが伝わってこず、誰かの夢の中をずっと描かれているように思える。そういう話ではないような気がするので困るのだ。やっぱりシリーズの途中から読んだのが間違いか。

『クリプトノミコン1』 ニール・スティーヴンスン ハヤカワ文庫
 これは面白い。今までのニール・スティーヴンスンの中でも読みやすさは抜群だ。第二次大戦の暗号解読にからむパート(アラン・チューリングも出てくる)と現代のデータヘヴン構築にからむパートの二つが交互に描かれているが、今のところ過去のパートがずっと面白い。現代パート(近未来ではなく、Windows95が標準の、近過去だ)はまだ始まったばかりで、これから面白くなっていくのだろう。ほのかなユーモア感覚に包まれた、少し視点の変わった戦争小説として、大変面白く読める(映画化されればいいのに)。暗号解読そのものよりも、暗号を解読していることをいかに知られないようにするかという作戦が、ブラックユーモアぽくって(もちろん本人たちにはユーモアどころじゃないのだが)味わいがある。暗号理論に関するハードな小説としても本格的で、巻が進んで現代編の比重が高まると、おそらく最新の実用的な暗号理論についても、様々な話題が出てくるはずだ。4巻まで続く超大作なので、詳しく語るのはまたその後ということにしよう。


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