みだれめも 第141回

水鏡子


 『SFが読みたい2002年版』。海外SFで、自分が言及した6冊が揃って上位7位までに入っていたのに吃驚する。よく見ると大森望、岡本俊弥、尾上俊彦、菊池誠、古沢嘉通という見覚えのある名前がほぼ全員同じ状態。しかもこの全員が5位に入った「フラッシュフォワード」を選んでいないところまで共通している。傾向が近いということはあるにしても、ここまで一致したのは前代未聞のできごとである。
 本としての評価は前年、前々年に比べると味が薄かった。

 去年の収穫に『日本文学盛衰史』の方でなく、新聞連載を通読しただけで読み返しのできなかった高橋源一郎『官能小説家』を選んだのだけど、本当にそれでよかったのか若干不安だった。落ち着きの悪さが残っていたのでやっと刊行された本書(朝日新聞社 1800円)をとりあえず再読した。うん、判断は間違ってなかった。傑作。本書にどういう評価がなされるか、あっちこっちの書評を読むのが楽しみだ。なにかの賞を受賞しておかしくない出来だと思う。

 合わせて版面がなんとなくうすっぺらくて留保していた『ゴヂラ』(新潮社  1400円)を読む。予想にたがわずゴミ。カラオケ軍団5人組とか、断片的におぞましい場面もあるのだけれど、充たされた小説世界を作ろうとする気力が感じられない。単なる夢想の書き散らし。小説以前。

 『銀河お騒がせアンドロイド』 アスプリンの社会科学性の正体というのにやっと気がついた。この明快でアメリカ的に粗雑な人間関係ロジックは、マネージメント理論の援用なんだろうなあ。楽しんで読む。

 古川日出男『アラビアの夜の種族』(角川書店 2700円)を読む。
 ナポレオン侵攻に揺れるマムルーク・エジプト。ひとつの奇手がひめやかに進められる。王を虜にできる世界に1冊しかない、幻の本。それを探し出してナポレオンに提供することで、この国を滅びから救おうというのだ。計画には更なる裏がある。そんな本など存在しない。噂を流した本人は噂の本を作るため、夜の種族の語り部から古い物語を書き取っていく。いったいなんのために?
 魅力的な設定だけど、この物語の完成には大変な困難がつきまとう。世界にただひとつしかない深遠で幽玄で魅惑にみちた物語を書きあげることができるかどうか。語らずにすますというやりかたもあったと思うけれども、作者はむしろそういう条件下の物語というのを書いてみたかったのだろう。そういう基準でみた場合、ここに書かれた物語は、残念ながら安っぽく、薄っぺらい。キャラクターの造型は現代風だし、採用された伝法な口調もシナリオの安っぽさを強調するだけである。安っぽい、安っぽいと繰り返すけれど、単純にただのアラビア風で伝奇ロマンを書いただけならおいしいシーンも少なくない、中の上から中の中レベルの評価を下していたんじゃないかと思う。要は外枠として作った物語に見合う出来には達しなかったということで、結果的な全体評価は中の下どまり。
 面倒なことにこの本は、更なる外箱を組んでいる。この本は著者がエジプトで手に入れた英訳本の翻訳だという。中の話の組み立て方は、先述通り現代小説的で十中八九創作だと思うのだけど、やっぱりもやもやあとをひく。

 で、しかたないから、関連性をさぐるつもりで、世評に高いロバート・アーウィン『アラビアン・ナイトメア』(国書刊行会 2800円)を読んでみる。香気あふれる謎に満ちた物語で、雰囲気を味わいながら楽しんだけど、一気読みしなかったせいで、中段話が進まなくなったあたりで挫折した。とりあえず、この本は関係なさそうだ。

 もう1冊。解説書を読んでみる。同じロバート・アーウィン『アラビアン・ナイト必携』(平凡社 4600円)である。これはめちゃくちゃ面白い。アラビアンナイトをめぐる混沌が稠密かつ明快に、しかもドラマトゥルギー豊かに語られる。さまざまな話が多面的にいきいきと語り継がれるものだから、ドライヴしていく快感にゆだねてしまって、読み終えたあと結局混沌界を突っ切った満足感だけ残っただけで、書かれていたことの大半は靄のかなただ。それでも、アラビアンナイトはやっぱり読んどかないといかんよな、という動機はしっかり植えつけらた。家のなかに2セットあるんだよな。 


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