みだれめも 第131回

水鏡子


 『このミス』が本棚で並んでいくのを見ながら気になっていたのは、もともとこの本が仮想敵としていた週刊文春のミステリ・ベストを手元に置いてないことだった。
 『傑作ミステリベスト10』(文春文庫プラス)は、この週刊文春ミステリ・ベストの1977年版から2000年版までを一堂に集め、さらにその中から日本・海外それぞれのベスト10を選んだもの。
 本のかたちにまとまってくれただけでもありがたいし、トータル500点近い本の名前と紹介がなされているというだけで、蓄積された時間の密度に圧倒される。だらだらと気持ちよく時をつぶせる。
 軽く文句を言っておくと、個別の本の紹介見出しが題名だけで、著者名がない。誰の本かの確認のため、いちいち年度ベストの表までもどらないといけないこと、巻末に作者別の書名索引をつけてほしかったことなどあるが、まあいいや。出てくれただけで満足。

 10年ぶりに改版された『新・SFハンドブック』。『旧ハンドブック』と並べてみているのだけれど、字面が大きくなって、余白が埋まった結果、なんとなく読みづらい。まあ、旧版の方を、ずいぶん何度もくりかえし開いた結果、版面になじんでしまっているせいもある。とくにハヤカワSF文庫の縦組み一覧リストはとても読みやすかったので、これが横組みになったのは残念。
 基本的に旧版の構成を踏襲している本だけに、巻頭のオールタイム・ベストや編集部のお勧め作品で、何がこぼれて、なにが加わったかといったところを新旧2冊並べて見比べるのが、ぼくとしてはいちばんおいしい楽しみ方だと思う。こころある本屋さんなど2冊並べた書棚を作っている店も何軒か見かけた。

 マイケル・フラナガン『ステーション』(角川・2600円)は、三村美衣が「活字倶楽部」で紹介していてはじめて気づいた本である。去年の12月に出ている。
 鉄道マニアであった死亡した姉の恋人で、またいとこでもあったラッセル・マッケイ。彼の唯一のかたみといっていい写真集は、不慮の事態が重なって完成稿まで仕上がりながら数冊の見本刷が出版されただけの幻の本である。現存が確認されている唯一の本は、美術家でもある姉の手元にあり、彼に対する、もしくは彼の鉄道写真へのこだわりに対する、彼女のうかがいきれない想いのたけのもと、古色蒼然とした彩色を施され、断片記事を貼り付けられ、原型からかけ離れたものになっている。郷土資料としての貴重さを指摘される周囲の声に押されて、やっとのことでその本を入手した主人公は、そのぼろぼろになった写真集をめくりながら、ラッセルのこと、姉のアンナのこと、姉の崇拝の対象であった死んだ兄のワイリーのことなどを、とりとめもなく思い出していく。
 左ページに写真(のように見える細密絵画)と添付された断片記事。右ページには写真に触発され、思いおこされたさまざまな個人的エピソードを1ページの枠内でポツリポツリと綴っていく。見開きのひとつひとつが美しい小宇宙を形成している。
 本の中で紹介されている鉄道は、じつは存在しない架空の鉄道で、その鉄道と分かちがたく結びついてた主人公たち一族の物語ももちろん架空のものであるわけで、それが現実のアメリカの歴史の流れの中で実在感をもって浮かびあがるというしかけ。現地人でないので、鉄道が架空の存在であることが知識としてしか理解できないところがあって、アメリカ人は、そのファンタジイと現実のオーヴァーラップに至福の快感を味わうことができるんだろうなとうらやんでいる。世界の架空性を実感しきれないぼくが読んでも、この本はしっかりとノスタルジックな世界を提示してくれるのだから。

 『ステーション』に味をしめてもう1冊似たようなヴィジュアル・ノベルを読んでみた。
 『らくだこぶ書房 21世紀古書目録』(クラフト・エヴィング商会 筑摩・2000円)
 2052年から1997年に送られてきた古書目録。その目録に掲載された書物を注文すると実際にそれらの本が送られてきた!
 という設定で、送られてきた本の写真と内容の抜粋、本に対する著者のコメントが並べられ、最後にできの悪いタイム・パラドックスでしめくくっている。
 できのわるいタイム・パラドックスはまあいい。なによりつらいのは羅列された本のくだらなさだ。奇をてらったこんな本しか、後世に残らないのであれば、出版業界などつぶれてしまったほうがましといっていい。なにより、この本が「ちくま」で連載されたものであり、しかも好評を博したと聞かされてよけいいやになった。アイデアだけ聞いて、すこしくらいは『完全なる真空』や『虚数』を意識した部分があるかもしれないと勝手に期待したぼくが悪いのかもしれないけれど。
 まきしんじとか北原尚彦とかに作らせてみよう。写真なんかいらない。抜粋もいらない。単なる12ページの古書目録で充分だ。書名の羅列だけで、この本なんかくらべものにならない「傑作」が生まれることまちがいない。


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