内 輪   第126回

大野万紀


 ドラクエ7は終わりました。でも終わった気がしないのはなぜでしょう。
 20世紀のSFマンガ20作なんて企画を始めてしまい、こういうのは大好きな人ばかりのはずなのだけど、さすがに簡単には決められず、みんなを悩ませてしまったみたい。かくいうぼく自身、ちっとも決められなくて困ってしまう。募集要項としては何でもOKで、一作家一作というような制限はないのだけど、なるたけ大勢を選びたいので自分ではその制限を入れてみる(大半の人が同じように考えたみたいです)。すると作家の中で一作を選ぶのがひどく難しい。まあ、あーだこーだと悩むのが楽しいんですけどね。「EDEN」や「ヨコハマ買い出し紀行」のような新しい作品はやめて、もっと古い人を入れようかなあ。あー悩む。

 それではこの一月ほどで読んだ本から(読んだ順です)。

『タクラマカン』 ブルース・スターリング (ハヤカワ文庫)
 スターリングの短編集。SFマガジンが初出の「招き猫」、ラッカーとの共著「クラゲが飛んだ日」、近未来というよりほぼ現代ものの「小さな、小さなジャッカル」、インド映画と狂牛病を結びつけた「聖なる牛」、そして〈チャタヌーガ三部作〉である「ディープ・エディ」「自転車修理人」「タクラマカン」が収められている。どちらかというとユーモラスな作品が多い。そしてどの作品でもある種の(倒錯した)ユートピアが描かれている。バブルが終わった後のしらけた目で見ると、日本の扱いなどに違和感を感じる部分もあるだろう。ハッカーたちのハイテク・ユートピアにしても、ITバブルさえ崩壊した今ではちょっと違うものを感じてしまうかも知れない。しかし、80年代の作品ではなく、90年代の作品として、これはありえたかも知れない(そしてわれわれ自身の現代とほぼ重なっている)もう一つの現代を、確信犯として描いた作品のように思える。それはアポロ以後の宇宙開発を、もう一つの現代として描いたバクスターやスティールと同じように、サイバーパンク以後の現代を、もう一つの現代として描いたものなのである。「招き猫」や〈チャタヌーガ三部作〉に描かれたアナーキーなユートピアの、悲劇的であると同時に喜劇的な、カオスに満ちた多様性には、あこがれに近いものを感じるのだ。やはり〈チャタヌーガ三部作〉がいい。傑作だ。

『ライオンハート』 恩田陸 (新潮社)
 SMAPじゃなくて、ケイト・ブッシュのライオンハート。だから正確にいえば OH ENGLAND MY LION HEART のはずで、イギリス人の男女のラブ・ストーリーとなっている。ぼくもケイト・ブッシュのアルバムを引っ張り出してきましたよ。確かに曲のイメージ、詩のイメージ通りになっている。時空を越えたエリザベスとエドワードの出会いの物語。時代も場所も違い、相手の年齢も違うのに、彼らの心の中に繰り返し現れる永遠の恋人としてのEとE。ストレートにロマンチックなラブ・ストーリーだ。もっとも、小説として一番印象的なのは、なんといっても最初の「エアハート嬢の到着」だろう。この小説は、いわば絵画小説でもあって、各編は実際の絵画にインスパイアされた形になっている。雨のロンドン、走ってくる金髪の美少女と、謎めいた言葉、そして美しい悲劇と、ドラマチックな要素がいっぱいで、絵画的であると同時に動きがあり、そしてSF的な時空の広がりも感じられる。「春」や「イヴァンチッツェの思い出」もいいが、「天球のハーモニー」でまさにライオンハートとなり、この物語がある意味で謎解きされるのは、はたして良かったのかどうか。大きな物語へと連なるという意味では面白かったのだが、全体の雰囲気の中ではちょっと異質である。しかし、読み終わって、いい小説を読んだと思える、気持ちのいい一冊だった。

『新化』 石黒達昌 (ハルキ文庫)
 「人喰い病」の作者の、94年と97年に出た作品を再編集したもの。こんなすごいSFが出ていたとは知らなかったなあ。北海道は石狩川上流に生息していて、最近絶滅したハネネズミに関する研究記録という体裁の小説である。論文小説という分野がある――かどうか知らないが、確かにそういう形式の小説はある。もっとも『尾行類』までくると、それを小説と言っていいかどうかわからなくなるのだが。実際、本書の以前の版では、横書きで写真なども多数入っていたということだが、本書はもっと普通の小説として読める。もちろんハネネズミという生物はいないだろうし、近縁種のエンジェルマウスも存在しないだろう。そういう小動物の解剖学的特徴や、遺伝学的特殊性が科学的な研究によって次第に解明されていくという話だが、いたって地味な話であって、大きなサスペンスや謎解きのカタルシスがあるわけでもない。生命や進化に関する大きな物語が描かれているのだが、それはあっと驚かされるようなものではなく、じわじわと効いてくるタイプの物語なのだ。さらに、この淡々とした記述の中から、生命や進化の不思議さが明らかにされ、その科学的知見の積み重ねから、宗教的な意味ではない、科学の作業仮説・基本原理としての造物主ないしは神の否定へと(それはある意味で科学自身の否定にも)つながっていくすごみがある。まさにサイエンス・フィクションというべき傑作SFである。ただし、「人喰い病」に比べると、ハネネズミという生物そのものに関する博物学的、生態学的記述が、解剖学的、遺伝学的記述に比べて少ないのが物足りないところだ。論文小説だから当たり前だが、客観的すぎて愛が足りないのだ。生きているハネネズミの姿を、自然の中にいる彼らの生態を、もっと見たかった。本書では実験用のマウスと同じ位置づけに見えてしまう。ハネネズミは絶滅してしまったから仕方がないのなら、今度はぜひ、ぎん猫の観察記録が読みたい。

『バラヤー内乱』 ロイス・マクマスター・ビジョルド (創元SF文庫)
 ビジョルドのマイルズ・ヴォルシガンものは結局ほとんど読んでいるなあ。実際、面白いし。本書はマイルズの誕生秘話という形で、マイルズの話ではなく、両親の(特に母親コーデリアの)物語である。アメリカを思わせる自由と民主主義と科学技術の国ベータ星出身のコーデリアが、ロシアというか、一部昔の日本を思わせる封建的なバラヤーに嫁ぎ、摂政の妻として活躍する話。文化の対立みたいなのが結構細かく描かれていて、アメリカ人が喜びそうだなあとは感じるが、それはともかくとしてもストーリーは波瀾万丈で面白い。解説に書かれていた作者の〈シリーズもの〉に対する意見とその姿勢には賛成だ。

『黒祠の島』 小野不由美 (詳伝社)
 小野不由美の新作は純然たるミステリーで、そんなに分厚くない。もちろん一気に読んだ。帯にあるように、「孤島、因習、連続殺人」というわけで、また排他的な田舎でのおどろおどろしい事件である。探偵がいて、事件の謎を追っていく。黒祠というのは明治以来の国家神道から外れ、邪教とされた神社をいうのだそうだ。そういうオカルティックな要素がからむので、もしやと思って読み続けたが、これは超自然的なところのない本格推理小説の部類だった。でもラストのところはちょっと外れているのかも。小野不由美らしさが出ている。謎解きそのものは(どんでん返しはあるが)、それほどすごいとは思わなかった。それより、この探偵と島の人々との関係に、後から考えると腑に落ちないものがあるみたい。それから警察の扱いなど。ラストもわかりやすいとはいいにくい。しかし、読んでいる間は、人間関係が二転三転し、謎が深まっていき、奇怪な雰囲気もあって、充分に堪能できた。でも、やっぱりいっちゃおう。十二国、本当に出るの?

『かめくん』 北野勇作 (徳間デュアル文庫)
 人を食ったタイトル、人を食った表紙。かめくんというのはカメに似たバイオ・ロボットで、どうやら宇宙での戦争に使われたらしい。それが今はおんぼろアパートに一人暮らしで、フォークリフトを運転する仕事についている。時々図書館に行って、そこの職員たちと仲良しだ。かめくんの住んでいるのは、はじめはどことも知れない日本の地方都市という感じだったが、そのうち大阪、それも千里丘に近い淀川沿いの町だとわかる。妙に詳しいSF的なディテールも描かれているが、SF的な背景や設定の謎を楽しむよりも、あるいはいかにも未来と近過去が混じり合ったような不条理感を楽しむよりも、これはやっぱりかめくんの存在をほのぼのと愛でる小説だろう。とても味のあるいいキャラクターなのだ。いしいひさいちのバイト君のアパートの近所に住んでいる、おとなしく真面目な若者という感じで、だから困ったことに何でかめくんなのか、というところが悩んじゃうところなのだな。SF的な、あるいは不条理マンガ的な背景というのは、かめくんのあまりにまっとうなキャラクターとどこかすれ違っている。たぶん、淀川の河川敷にのんびりと座って、70年代の思い出でもぼんやりと頭に浮かべながら、ほのぼの、しみじみとしていたら、自主製作映画の怪人のように視界の片隅を通り過ぎる、ああ、あれがかめくんなのか……という話なのかも。いや、いいお話でした。

『2001』 日本SF作家クラブ編 (早川書房)
 書き下ろしアンソロジー。ベテランから若手まで11人いる。良かったのは後半、谷甲州、野阿梓、藤崎慎吾、牧野修と続く4作だ。4作ともまさにバラエティに富んでいるが、藤崎慎吾「猫の天使」に本当に感心した。猫の目を通して見るというちょっとした科学的アイデアと、犯罪現場という日常的な(というわけではないが)場を描きながら、そのガジェットがあっというような認識の変革をもたらす。この人は根っからのSF書きだ。小説としても良くできている。もっと短編や中編を書いてほしいなあ。日本のイーガンになれる人じゃないだろうか。谷甲州「彷徨える星」はめちゃくちゃ良くあるタイプの宇宙SFだが、この淡々とした語り口が最高。野阿梓「ドリームアウト」は中世を舞台にしながらSF的といっていい広がりのあるファンタジー。この続きが読みたい。牧野修「逃げゆく物語の話」はもう何てことを考える人なんだろう。ホラーやポルノ(のコトバ)が生きている人形になって、その人形の視点から描かれた純愛物語。すこしふしぎ、じゃなくてスーパー不思議なSF。他の作品がつまらなかったわけじゃないが、この4作に比べると印象がもう一つ。あ、荒巻義雄「ゴシック」は良かった。雰囲気だけの話といえばそうなのだが、SFは絵だからね。でもゴシックじゃなくてバロックな気がする。神林長平「なんと清浄な街」も作者らしいスペキュレーティブな話なのだが、これだけではちょっと物足りないというか、食い足りないと思う。


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