内 輪   第101回

大野万紀


 秋は読みたい本がどんどん出て、どんどんつんどくの柱が高くなっていく。それも分厚い本が多いなあ。ぼくの場合、本を読む主な場所というのが通勤電車の中なので、これは大変困った傾向です。まだ読んでいない話題作がいっぱいあるよー。

 さて、会社の近所のパソコン専門店が閉店セールというので覗いてみると、店頭展示品を中心にびっくりするような値段がついている。休み時間にふらりと寄ったようなサラリーマンが、あわてて買っていくので、どんどん商品がなくなっていく。そりゃ、たとえ必要なくてもこの値段なら、日本橋の中古屋へ持っていけば儲かるんだもの。
 で、ぼくも買ってしまいました。PC9821V200SZ(初代)を5万円で。メモリー96M増設済み。二世代ほど前の機種だけど、わが家の使い方ではこれで十分な性能だ。おまけソフトはあんまり関係ないものが多いんだけど(バージョン古いし)。でも、新しいダイアルアップ接続って、切断のダイアログが出ないんですね。タスクトレイにあるのを引き出して切断しないといけない。これはつなぎ放題にしてNTTとプロバイダーに儲けさせようとする誰かの陰謀なのか。

 12月5日、6日は恒例の京フェスだ。ぼくは(直前に何かトラブらない限り)参加予定です。ここを読んでいる中にも、参加される方は多いと思います。合宿で、夜通しうだうだとバカ話ができたらいいですね(といっても、ぼくはめっきり夜更かしに弱くなってしまったので、途中で寝てしまうと思うのですが)。

 それではこの一月ほどで読んだ本から(読んだ順です)。


『逆襲の〈野獣館〉』 リチャード・レイモン
 『殺戮の〈野獣館〉』の続編。でも前作を読んでなくても全然オッケー。まさにB級ホラー映画のノリで、グラマー美女とマッチョな海兵隊ボーイが化け物に襲われ……ってな内容。エロスとバイオレンスというのもあたり。あっという間に読める。でも、前作にあったダークな感じが薄れ、やや健全になった(?)気もする。悪役の作家が活躍するのはいいけれど、野獣がちっとも現れないし、怖くもない。大体、ヒロインとヒーローはともかくとしても、もう一組のカップルはふつうやられるのが定石でしょう。ま、別にいいけど。

『塗仏の宴/宴の始末』 京極夏彦
 やっと出た後編。前編はこっち。うーん、これはねえ。京極堂の蘊蓄合戦など、大宮信光さんのSF乱学講座を彷彿とさせ、思いがけない方向へのリンクの飛びまくり感が好きだったりするのだが……。思わせぶりなストーリーも、上巻からわくわくと盛り上げ期待させておいて、ぎっしりとディテールを書き込んで、そのあげくが、これだもんなあ。ふーん、そうですか。何だかすっきりしませんねえ。ここまでの長丁場で憑きに憑いた憑き物が、落ち損ねております。ぬらりひょん。

『天使の囀り』 貴志祐介
 こういうのもホラーというのか、しかし超自然的なところは何もなく、科学的・医学的なサスペンスが中心のミステリ小説だ。アマゾンから帰った人たちの異常な自殺事件。それを追うヒロイン。パソコン・ゲームおたくや、自己啓発セミナー、厚生省の体質、などなど現代的な話題やテーマがたっぷりで、興味深く読める。科学小説という意味ではサイエンス・フィクションに違いない。生物学、医学の話題がかなりつっこんで描かれている。一方で、この題材をもしSF作家が書いたなら、と思うと、SFとの視点の違いは明らかだ。瀬名秀明がホラー/ファンタジーよりに描いたところを、作者は普通のミステリ寄りに描いたということか。しかしまあ、SFに近いかどうかには関係なく、本書が大変に面白かったことは事実だ。

『陋巷に在り4/徒の巻』 酒見賢一
 今度の巻は、いかにも長編の一部という感じで、物語はどれも決着がついていない。、ちゃんがあまり活躍せず、あんなことになっちゃうのもイヤだ。巻末の死闘はすごいだけに、これが一体どうなるのかとても気になる(ハードカバーで読め、というのは言わないでね)。

『星界の戦旗2/守るべきもの』 森岡浩之
 刑務所惑星を支配することになったラフィールとジントという話だが、何というか、ひとことでいって、ナイーブでおマヌケなジントくんがひどくはた迷惑な大失敗をする話。本人は大失敗したとも思っていないんだろうな。責任ということについて独りよがりな(貴族的というのかも)、地道に政治をする気のないガキんちょが――まあこの惑星の大人たちもガキんちょに変わりはないみたいだけれど――無責任な政治ごっこのあげく悲惨な事態を招くのだが、ちゃんとした補佐官のいない貴族制度なんてこんなものかも知れないな。主人公二人の関係の方が惑星一つよりはるかに重要なのだから、それでいいんだろう。宇宙船内で無駄口をたたきながら戦争している方がこの人たちには向いているのだ。やれやれ。というわけで、もっと派手な宇宙戦争ものを希望。

『疾風魔法大戦』 トム・ホルト
 バイキングが現代英国に蘇り、ドタバタを繰り広げるというのだが、モンティパイソンなドタバタというよりは、わりと品のいいユーモアものだった。登場するバイキングたちが、素朴な野蛮人じゃないのだね。むしろ、魔法が全盛だった過去の方が、現代より文明が進んでいた(というかソフィスティケートされていた)みたいな皮肉が込められている。面白かったけれど、魔法の扱い方がちょっとわかりにくくて、最後の決戦が盛り上がりに欠ける(というのも意図的だったかも知れないが)のが残念。

『屍鬼』 小野不由美
 長大作の超大作。このボリュームには圧倒される。それでも、それをぐいぐいと読ませるんだから、すごいとしかいいようがない。で、すごいとしかいいようはないのだが、読み終えてみると、これはやはりちょっと長すぎる。あるいは書き込みすぎている。この話なら半分以下でも十分傑作となったはずだ。『呪われた町』で『盗まれた街』で『石の血脈』なわけだが、昔の言葉で言えば「人類家畜テーマ」ともいえる。屍鬼が意志疎通のできない怪物ではなく、大変に人間らしく描かれているので、最後の悲惨さがきわだつのだが、そのためにこの細やかな日常描写がどうしても必要だったかというと、これはいかにも過剰だと思う。サスペンスの盛り上がりがとぎれてしまうじゃないですか。それと、この日常描写で浮き上がってくる人口1500人の村の姿が、どうもぼくには小説の主題との違和感を感じざるを得なかった。農家がほとんど出てこないというのもあるし、人里離れた山村ではなくどこか都市近郊の田舎町という雰囲気で、あまり閉塞感が感じられず、であれば外部との関係がどうなっているのか、どうしてこのような事態が可能だったのか、そのあたりの説得力が弱いように思えた。 作中小説も、主人公の心を理解するのに役立つものではあるが、観念的にすぎて、これもちょっと長すぎると思ってしまう。秋の夜長を堪能させてもらったので文句はないはずだが、人間として(あるいは屍鬼として)生きることの哀しさなど、もっと短くても表現できたはず。これは『妖星伝』テーマともいう。もうひとついえば、後半、主人公たちがちょっとバカすぎ(屍鬼も含めて)。あと、屍鬼の描写が上巻と下巻でニュアンスが違っているように思えるんですが。

『極微機械ボーア・メイカー』 リンダ・ナガタ
 ナノテクSFというのは科学技術が魔法と化した世界を扱うSFなのだろう。そうじゃないかも知れないが、今まで読んだ作品はそういうのが多かった。それはそれでかまわないと思う。面白ければ……。本書はそういう魔法的に変貌した未来世界を描くSF。そして、確かに面白い。スラムと宇宙の対比とか、コードウェイナー・スミス的なヒロインとか。ただ、後半のクライマックスがもう一つピンとこないのは、「夏別荘社」という魅力的な組織と、連邦や警察との関係、いわばこの世界の政治的な側面がわかりにくいせいだろう。だから関係者の人々の行動が(その意味や動機が)よく理解できず、説得力に乏しく感じられるのだ。ヒロインの物語という視点からだけ見ると、わかりやすくて面白いのだが。もしもスターリングが書いたなら、全然違う話になっただろうね。

『カブキの日』 小林恭二
 これは面白かった。カブキ的な美学をうたった幻想小説。カブキには知識もなく、さほど興味もないぼくだが、舞台、役者、芸、伝統、といった言葉から連想されるあのうっとおしい堅苦しさはかけらもなく、祭りの日の非日常性が強烈に描き出されたという感覚だ。『うる星やつら/ビューティフル・ドリーマー』の世界といったら言い過ぎだろうか。琵琶湖畔に建てられた巨大な「世界座」内部の迷宮世界をめぐる、美少女と美少年の(いくぶん予定調和的な――でもそれがまた魅力だったりする)胎内巡り的冒険譚。こちらの現代とは違う、別の現代日本を舞台にしているということで、SFと呼んで呼べないことはないだろうが、まあ幻想小説というのが妥当でしょう。でも、これをSFと呼びたい誘惑もあって、その場合は、カブキの魔法が違和感なく日常と同化しているから、とか屁理屈をいいたくなってしまうのだ。

『時空ドーナツ』 ルーディ・ラッカー
 ラッカーの主人公は自己中心的でいいかげんで、へろへろでエロエロで、天才だけど困ったちゃんだ。ま、それがいいんだけどね。本書は循環スケール船でとっても小さい世界ととっても大きい世界を旅する物語といってもいいし、コンピュータに邪悪な魂を与えてしまう話といってもいいし、魔法的なマッドサイエンティストの話といってもいいんだが、ハチャハチャ・ハードSFというのがいいなあ。とっても面白いのだが、深いところは実はよくわからないくらい深い――おそらくよくわかっているのは(ぼくの知り合いでいえば)解説の菊池さんと数学者の志村さんぐらいじゃないだろうか。すなわち、キングギドラの折り紙関係だ――というのが、コンパクトな中に無限の奥行きを感じさせられて気持ちいい。本書は、小説としてはかなりぎごちないところもあり、結末もストーリーテリング的には中途半端に放り出された気分がするのだが(でもこれ以上何を書く必要がある?)、ラッカーのマッドさは十分に味わえる。特に、中盤のスケール船での旅行(というのか?)は、いかにもSFっぽくて、とてもいい。


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