大野万紀「シミルボン」掲載記事 「このテーマの作品を読もう!」

#地球外惑星への移住本

書をもって、宇宙へ旅立とう!


移住には限らないけど、宇宙へ行くならどんな本を持っていくのがいいか。技術書、ハウツー本、これまであった失敗を教訓にできる本。観光案内もいるかも。

 ぼくなら、まず何を置いても『銀河ヒッチハイク・ガイド』を持っていく。そして何か起こったら必ず開いて見るのだ。表紙に大きく書かれているのは「パニクるな(DON'T PANIC!)」。今なら「まずは落ち着け!」と訳されるだろうけど、これは本当に大事なことだよね。「まずは落ち着け!」
 残念ながら、翻訳されたダグラス・アダムス『銀河ヒッチハイク・ガイド』は『銀河ヒッチハイク・ガイド』そのものじゃない。これは銀河ハイウェイ建設工事で地球が破壊されてしまい、宇宙を放浪するはめになったさえないイギリス人、アーサーくんの身に起こる、様々なできごとを描く物語だ。でもその中に『銀河ヒッチハイク・ガイド』からの引用がたくさんあって、だいたいわかるようになっている。銀河をヒッチハイクするにはタオルが必要なこと。異文化コミュニケーションには〈バベル魚〉があればいいこと。その他いろいろ。何しろこれまで多くの科学者や哲学者が求めてきた「生命、宇宙、その他もろもろについての深遠なる疑問の答え」まではっきりと書かれているのだ。その答えとは――ここに書いちゃっても全然ネタバレにはならないだろう――42だ!
 もっとも続編『宇宙の果てのレストラン』では、その謎がもとで、またまた大変なことになるのだけれど。

 次に持っていった方がいいのは技術書やマニュアル本だけど、必要に応じて読むものなので、ここでは紹介しない。とはいえ、それに近いものとして、アンディ・ウィアー『火星の人』を持っていくことにしよう。
 映画化もされた本だが、これがあれば火星に一人取り残されても大丈夫。とても現実的な話で、宇宙人も政治的陰謀もシンギュラリティも出てこず、ひたすら創意工夫とユーモアで生き抜く主人公の物語だ。そう、宇宙で暮らすならユーモアも大切だ。火星で生き残るための食糧となるジャガイモの育て方が、必要なカロリー計算も含めて何ページも書かれている。彼は船長が残したうんざりするような70年代のディスコサウンドとも折り合いをつけ、そして肥料の臭いや自分自身の臭いにも耐えながら、とにかく明るくて前向きに、非日常的な現実に日常感覚で向かっていく。その「リアルに裏付けされた軽さ」がすばらしい。ぜひお手本にしなくては。
 でもこんな絶望的な状況で、ヒーローでもない彼が生き残れたのは、その楽天性もさることながら、「できる」エンジニアとしての冷静な状況評価能力のためだ。何かあるたびに定量的な概算をして計画し、行動の前には必ず点検と確認をかかさない。たとえ遠回りになっても、リハーサルや練習を確実に実施する。ほんと、エンジニアの鑑だね。冗談好きなオタクで軽い人間のようでも、ここはやっぱり基礎をきちんと押さえているから、生き残れることができたのだろう。「おっぱい」って言っているだけじゃなかったよ。あと、彼が火星に残したジャガイモと細菌たちが、その後どうなったのかは、ちょっと気になる。

 『火星の人』とはちょっと趣は違うが、小川一水の短篇「漂った男」『老ヴォールの惑星』に収録)も挙げておきたい。これは遠い異星の海に一人不時着した兵士の物語だ。通信で会話は可能だが、無人の惑星で着水 地点がわからず、救助は難航する。だがここの海水は温かく穏やかで、しかも飲むことができカロリーもある。危険な生物もいない。つまりぷかぷか浮いている限り、致命的なことは何もないのだ。
 捜索は長期化する。音声のみによるコミュニケーションは続くが漂流状態は終わらず、ついにはそれが日常となる。退屈と諦め。しかしコミュニケーションが続く限り、社会との絆は切れない。この小説のテーマは、人間の生きる基盤としての社会性の考察といったものだ。ここでも重要なのは主人公の気質だ。彼の楽天性とユーモア感覚が、彼を狂うことなく生き延びさせる。宇宙で生き残るためには、やはりそのあたりがキモになるのかも知れない。

 サバイバル系の話だけでは、宇宙に行くのに不安になってしまう。心構えをしておくのは大事だけどね。今度は気分を変えて宇宙観光を楽しもう。
 太陽系の観光案内といえば、自分の訳書で恐縮だが、何といってもジョン・ヴァーリイの〈八世界シリーズ〉だ(あ、もちろん観光案内が目的の本じゃないよ)。
 未来の太陽系で、インベーダーの侵略から生き残った人々が、その数百年後に花開かせた新たな社会。〈八 世界シリーズ〉の短篇は、『汝、コンピューターの夢 〈八世界〉全短編1』『さようなら、ロビンソン・クルーソー 〈八世界〉全短編2』にその全てが収録されている。他に長篇『へびつかい座ホットライン』と、関連する長編『スチール・ビーチ』も翻訳されている。
 太陽系の姿というのは、ヴォイジャーなどの惑星探査機によって、70年代以後に大きな知見が得られ、それまでとはずいぶん異なるものとなった。今では冥王星まで近接探査がされる時代となったが、ヴァーリイのころはまだそこまでは行っていない。でもその作品には惑星探査によって明らかになった新たな知識が生かされている。それまで見たことのない景色、わくわくするような光景、まさにセンス・オブ・ワンダーだ。
 「逆行の夏」は水星を扱っている。水星の自転と公転の関係により、天空で太陽が逆戻りし、逆行の夏が訪れる。その季節の〈水銀洞〉にはぜひ行ってみることをお勧めする。水銀の蒸気に太陽からの電子が当たり、まるでネオンサインのように渦巻き、光る。底に溜まった水銀の上では思い切り滑って楽しむのだ。
 金星は「鉢の底」。重い大気の屈折で、太陽は夜になっても地平線の上に平べったく留まって沈まず、遙かな遠方の景色までが鉢の底から眺めるように重なって見える(もちろん肉眼では無理。赤外眼が必要だ)。そんな金星の奥地の不気味な砂漠には、謎めいた神秘的な魅力のある〈爆発宝石〉が眠っているのだ。ガイドしてくれる生意気だけど可愛い女の子と(そして元気なカワウソと)、そんな奥地を探検してみたら……。
 土星の環も美しい。「歌えや踊れ」「イークイノックスはいずこに」では、そんな土星系の宇宙空間に適応した人類の、不思議な感覚が描かれる。「びっくりハウス効果」では太陽近傍を通過する彗星にのって、びっくりするような体験ができる。いずれも、太陽系観光案内としての側面がたっぷりと描かれた作品だ。

 さあ、こういった本を手に持って、さっそくあなたも宇宙へ旅立とう。えーと、あれ、チケットはどこに置いたんだっけ? いやですよ、おじいさん、まだ買っちゃいませんよ。

(16年12月)


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