大野万紀「シミルボン」掲載記事 「ブックレビュー」

宇宙のコンビニ人間はネット動画の夢を見るか

『南極点のピアピア動画』
野尻抱介


 本書が出てからもうすぐ5年。2010年代前半のベストSFという某誌のアンケートで、ぼくはこの作品を国内第1位に選んだ。そろそろ新作が読みたいな~なんて期待しつつ(5年周期で新作が出るなら、そろそろ期待してもいいはず)、この大傑作を紹介することにしよう。

 SFマガジンに掲載の3編と書き下ろし1編の4編からなる連作短編集。これは(読者を選ぶかも知れないが――うちの娘に勧めたら、「尻Pはミク厨だからイヤ」の一言で切って捨てちゃった)紛れもなく傑作である。
 ニコニコ動画や初音ミク、Twitterなどに興味がない、あるいはオタクっぽいものは無条件にイヤという人、表紙のせいで読む気がしないという人も、まあとりあえずは読んでみて欲しい。ある意味、徹底的に調子のいい、ご都合主義で無理やりな技術オタクのユートピア小説に見えるかも知れない(いや、そういう側面があることは否定できないが)。だが本書は『沈黙のフライバイ』につながる、著者のSF作家としての個性と信念が見事に結晶した、本格SFの傑作である。

 読み方によっては、ネット上の集合知を全肯定するハッカー賛歌、プロパガンダ小説でもある。と同時に、コリイ・ドクトロウやブルース・スターリングなどの方向性を推し進め、さらに上をいく、今ここにある技術が未来を築くという物語である。ぼく自身は現実の初音ミクにはまっているわけではないし、MAKE(フリーソフトならぬフリーハードウェア、オープンソース・ハードウェアを目指す運動)の活動はすごく面白いと思いながらも「見てるだけ」の人ではあるが、本書については全肯定だ。

 第1話「南極点のピアピア動画」では月に衝突した彗星のため宇宙開発のプロジェクトが頓挫した大学院生が、その彗星の放出物によって南極点から吹き上がる双曲ジェットを利用した有人飛行を計画する。これを〈宇宙男プロジェクト〉として(「電車男」ってありましたね)、ボーカロイドの”小隅レイ”をフィーチャーし、”ピアピア動画”を舞台にプロモートして、オープンな民間事業として実現する。

 第2話「コンビニエンスなピアピア動画」ではコンビニエンスストアの物流インフラに着目し、田舎のコンビニを舞台にした甘酸っぱく爽やかなラブストーリーが語られる(そもそも第1話もラブストーリーだった)。そしてそれは店頭で発見された新種の蜘蛛の糸によって紡がれる宇宙エレベータへとつながっていく(ぼくは本書の中でこの話が一番好きだ)。

 第3話「歌う潜水艦とピアピア動画」は、クジラと”小隅レイ”の歌でコミュニケーションを図ろうとする研究者が、退役潜水艦を払い下げてもらい、海底で謎の存在と接触する。ここでは現在のネット・オタクたちが10年後に政府や各種機関の要職についていて、立場を越えて盛り上がる姿が描かれる。またデータマイニングや人工知能の分野で使われるベイジアン・ネットワークが不確実なコミュニケーションの解析手段として用 いられているのも面白い。

 最終話の書き下ろし「星間文明とピアピア動画」はその続編で、異星人(のロボット)が”小隅レイ”の姿を持って、平和裏に世界へ拡散していく。こんな風にあっけらかんと世界が征服される、優しい侵略の話は小川一水にもあったが、こちらはさらにハッピーで肯定的に描かれている。実在の人名や会社名を出しながら、来るべき新世界が現在と地続きに、ほんの10年後に現れると、作者は半ば本気で期待しているかのようだ。こんな世界が来て欲しい、ぼくも本当にそう思う。

 ところで、小隅レイというと、ぼくにはどうしても今は亡き柴野拓美(=小隅黎)さんのにこやかな顔が浮かんできてしまい、萌え美少女とはあまりにもミスマッチで困ってしまった。ぼくにとって本書の最大の欠点とはそのことだ。

 なお、著者自身による補足と解説がここで読める。とても興味深い内容なので、(できれば本書を読み終わった後)読んでみてほしい。

(16年12月)


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