大野万紀「シミルボン」掲載記事 「ブックレビュー」

日々マイクロブラックホールとたわむれる、変人科学者の大活躍!

『マッカンドルー航宙記』
チャールズ・シェフィールド


 「東京創元社復刊フェア2015」で復刊され、入手しやすくなった、とても読みやすい本格ハードSFの傑作。なお、以下のレビューは、1991年の初版当時のものをベースにしています。

 ファンの間で名のみ知られていたシェフィールドの本格ハードSFが翻訳された。本書はハイテク用語をちりばめ、科学雑誌の最新号からアイデアをもってきたようなよくあるハードSF(それはそれで面白いのだが)とは違い、本当に〈本格的な〉ハードSFである。
 巻末には作者自身による科学解説(これがとてもよくできている。作者の前書きとあわせて読めば、ハードSFトラの巻となり、とりわけ面白い)がついており、さらに橋元淳一郎氏による解説もついている。

 本書でのハードSFのアイデアは、カーネルと呼ばれるマイクロブラックホールの利用、相殺航法という準光速航法とそれに付随する真空エネルギーの抽出が大道具で、後は細かいものである。とてもオーソドックスなものだ。だがそれだけ奥が深い。1983年に発表された本だが、少しも古びてはいない。このあたりの詳細は解説を読んで頂きたい。
 そしてとりわけ重要なのが、本書の、ことさら〈ハード〉と呼ぶ必要のないSFとしての面白さだ。天才的な変人科学者マッカンドルー博士と、女宇宙船長ジーニー・ローカーという奇妙なコンビで、太陽系(といっても冥王星を越えてオールト雲まで含む広大な領域)狭しと活躍する姿には、古典的なスペースオペラの趣すらある。これは決してハードSFファンだけの本ではない。科学が苦手だという人でも、本書を読み通すのに何も苦痛はないだろう。本書には、テロリストとの戦い、官僚機構と人間関係、危険な惑星での冒険といった要素の他にも、微妙なロマンスやどことなくイギリス風のユーモア感覚などがあふれている。

 ぼくの印象では、シェフィールドは作風の面で彼の学生時代の師であるフレッド・ホイルに近いところがある。マッカンドルー博士にも、ホイルその人の面影があるのかも知れない。

 シェフィールドは惜しくも2002年に亡くなったが、『マッカンドルー航宙記』の続編『太陽レンズの彼方へ』は2005年に出ている(これも傑作)。シェフィールドには、他にアーサー・C・クラークの『楽園の泉』とタメをはった軌道エレベータもの『星々にかける橋』や、〈マッカンドルー〉よりもう少し未来の世界を舞台にした『ニムロデ狩り』などが訳されている。いずれもお勧め。

(16年8月)


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