創元SF文庫総解説より

 大野万紀

 (株)東京創元社
 『創元SF文庫総解説』掲載
 2023年12月25日発行
 ISBN978-4-488-00399-9


■ジョン・ヴァーリイ『ティーターン』『ウィザード』

 《ガイア》シリーズは一九七九年から八四年に出たジョン・ヴァーリイの長編SF、『ティーターン』、『ウィザード』、そして未訳だが『デーモン(仮題)』の三部作である。

 人類初の土星探査船《リングマスター》。女性船長シロッコ・ジョーンズを始めとする七人の乗組員は、そこで異星人のものと思われる直径千三百キロの車輪型の衛星を発見。その中心には百キロの穴の開いたハブがあり六本のスポークが底辺へと伸びている。その外縁には三角形の太陽熱吸収板があり、車輪の内側にも六つの反射鏡があって底辺を照らしている。
 接近した〈リングマスター〉は衛星から伸びた触手のようなものに捕獲され、乗組員たちはその衛星〈ガイア〉の内部に転生をとげる。そこは巨大なリングの内側に広がる世界だった。
 表面重力は地球の四分の一で大気は呼吸可能。豊かな自然にあふれ、ケンタウロスに似た知的生物であるティーターニスや、羽のある天使たち、生きている飛行船やその他、異様だがギリシア神話っぽい、どこか見覚えのある生物たちのすむ世界だった。シロッコと女性物理学者のギャビーは、ハブにいるという女神に会うため、スポークを登って行く。冒険の末、たどり着いた頂上にいた三百万歳の女神ガイアは、そこら辺にいる太った初老のおばさんの姿をしていた……。

 まずこの世界のスケール感と、細かく設定されたハードSF的なディテールに圧倒される。そして世界の美しさ。生き物たちの躍動感。巨大な世界といえばニーヴン『リングワールド』が思い浮かぶが、《八世界》を築いたヴァーリイの描く世界はまた違った魅力に溢れている。
 そしてこのシリーズの最も大きな特長は、ティーターニスの複雑怪奇な生殖機構を始め、セックスとジェンダーの問題をとことん深掘りしていることにあるだろう。またその社会構造や未来の人間社会についても詳細に考察している。今読めばむしろ普通に思えるかも知れないが、物語としてはロールプレイングゲーム的な異世界転生冒険ファンタジーを描きつつ、内実はそんな安直なゲーム的価値観を批判する社会学的ハードSFとも呼ぶべきものになっているのだ。そこが当時、このシリーズを歓迎する読者と同じくらい反発する読者を生んだ所以だろう。

 第二部で〈ウィザード〉となったシロッコはこの人工的な、与えられた敵や試練をこなすお仕着せの冒険を嫌悪し、飲んだくれとなっている。それでも地球からやって来た問題ある二人の男女を支援し、新たな冒険に旅立つのだ。それはとても過酷な旅となる。次第に高まるガイアと〈ウィザード〉の対立。第二部の最後でシロッコはこの世界の〈デーモン〉となるが、未訳の第三部では、彼女はついに耄碌して狂ったB級映画狂のガイアと戦うはめになるのだ。今度は戦争だ!  (大野万紀)

 2023年1月

■チャールズ・シェフィールド『ニムロデ狩り』

 シェフィールドといえばハードSFを書く科学者作家として有名だが、一九八六年発表の本書は少し毛色が違い、宇宙冒険SFを装いつつ、その実は陰謀と権謀術策、男女の愛憎が織りなす複雑な人間ドラマを軸に、知性の変容をテーマとした盛りだくさんな本格SFである。

 遠い未来、人類は宇宙に進出し、他の異星人たちとステラー・グループを作っていた。だがその中で強い攻撃性をもつのは人類のみ。そこへ太陽系の秘密研究所で開発された非常に危険な人工生命体が開発者たちを皆殺しにし辺境星域へ逃亡するという事件が起きる。ステラー・グループは人間と他の異星人一人ずつによる追跡チームを結成しその人工生命体〈ニムロデ〉を追わせる。それを見つけ出し、抹殺せよというのだ。

 物語は各チームのメンバー選びから始まる。隊長はニムロデを創り出した責任者であるエスロ・モンドリアン。彼はこの時代に泥惑星として蔑視されていた地球から隊員を選び、訓練する。チャンという青年と彼の姉代わりの娘リア。二人は人類代表として別々のチームに入るが、チャンには重大な秘密があったのだ……。

 アイデア満載でとりわけ異星人たちが魅力的なSFだ。(大野万紀)

■ラリイ・ニーヴン&ジェリー・パーネル『降伏の儀式』

 ニーヴンとパーネルの共作は『神の目の小さな塵』など多数あるが、読み応え満点の作品が多い。アメリカで一九八五年に出てベストセラーとなった本書もその一つ。八九年の星雲賞海外長編部門受賞作である。

 内容はストレートな侵略SFで、乱暴な要約をすると、宇宙からハンググライダーに乗った■■さんが地球に攻めてきて、人類はボロボロになるが、SF作家たちが大統領に様々なアイデアを出し、起死回生の策としてとんでもない宇宙戦艦を建造、そして反撃に出る――というもの。なお■■の部分はそれが当時大変有名になったのですが、未読の人のために伏せ字にしました。ぜひ読んでワッと言ってください。

 面白そうでしょう。実際に面白い。まるでバカSFみたいだけれど、右よりでミリタリーSFの得意なパーネルが真面目に書こうとしたものを(例えばソ連の政治社会状況など今読めばなるほどと思える)、西海岸のお茶目なSFファン、ニーヴンがかき回してねじ伏せたように読める。SF作家たちが活躍する下りなど「SFの気恥ずかしさ」が炸裂だ。

 最後の人類の反撃がとにかく凄い。マンガのネームみたいだけど迫力満点! 興奮します。(大野万紀)

2023年3月

■グレッグ・イーガン『万物理論』

 イーガンの長編には遙かな遠未来を舞台にした超巨大スケールの作品と、現代に近い未来を舞台に科学や社会や人間の心の問題を極めてリアルに扱うタイプの作品がある。本書はもちろん後者であり、その中でもとりわけ意欲的な大作である。

 一九九五年に発表された作品だが、舞台は二〇五五年。主人公は科学ジャーナリストで、今のユーチューバーのように番組を配信している。バイオ系の社会問題を扱った後、次に彼が注目したのは物理学の万物理論。南太平洋の人工島でその学会が開かれるが、そこには危険なカルト集団が出没し、反科学のプロパガンダを展開している。主人公には命の危険が迫る。そしてついに新たな万物理論が明らかにされるのだが……。

 扱われている問題は科学と社会の関係だけでなくLGBTを含むジェンダーの問題から高度資本主義とテクノロジーの倫理まで、幅広く深く掘り下げられている。もちろん中心となるのは万物理論、それも情報理論と物理学が統合され、宇宙の物理的実在すべてと、数学、言語、人間の意識までもが含まれる理論なのだ。

 主人公が思う「十分に発達した科学も魔法ではなく科学である」という主張はまさにその通り。〇五年星雲賞海外長編部門受賞作。(大野万紀)

■ロバート・チャールズ・ウィルスン『ペルセウス座流星群』

 『時間封鎖』に始まる三部作など壮大なSF的設定と情感豊かなドラマで読者を魅了する著者の、これはまた違った側面を見せてくれる短篇集。九編が収録されている。謎めいた小さな古書店と、その店に関わる個性的な人々を物語の軸として描かれた怪奇幻想小説集という装いだが、そこにSF風味が強く加わってくる。それも『時間封鎖』などにつながる骨太な本格SFの味わいだ。中でも「無限による分割」「薬剤の使用に関する約定書」「寝室の窓から月を愛でるユリシーズ」「街のなかの街」「ペルセウス座流星群」といった作品は特にそうだ。

 もうひとつ感じるのは、一九七〇年代のヒッピーからニューエイジ、オカルトとドラッグとサブカルチャーの雰囲気である。より正確には当時の若者たちの年老いた姿だ。そんな初老の人々の物語に、彼らの娘世代の少女たちの清新な姿が混じる。みんな精神的に疲れ、どこか病んでいる。そんな彼らの間に、異界の存在が紛れ込んでくるのだ。それは日常の中の裂け目として入り込んでくるが、その背景にあるのは量子論であったり数学であったりという、どちらかといえば現代ハードSF的なモチーフであり、そこには普通の怪奇幻想小説とはまた違った魅力がある。(大野万紀)

■ジェフ・カールソン『凍りついた空 エウロパ2113』

 木星の衛星エウロパの分厚い氷の下に生命が発見される。洞窟の壁には文字のような刻印も。これは知的生命体とのファーストコンタクトなのか。だが調査チームは女性エンジニアのボニー一人を残し落盤事故で全滅。彼女はサンフィッシュと名付けられたその生命体に襲撃されるが、何とか生還する……。

 といった宇宙冒険SFである。しかしその後が大変だ。サンフィッシュを知的生命とは見なさず、資源としか考えない連中との闘争がある。一方で落盤で死んだ中国人のラムはボニーによって仮想人格として再生され、パワード・スーツのAIとなって氷の下で独自の活動を始めるのだ。また後からエウロパに到着した地球の探査チームは各国の国際情勢をこの世界にも持ち込み、その対立は一触即発の危機となる。そこへ獰猛なサンフィッシュの攻撃と、ラムの独自の行動がからまり、物語はますますややこしい事態へと滑り落ちていくのである。

 本書の読みどころは知性があるのに異質で凶暴な異星生物の生態と、意思は強いが協調性のないヒロインの行動、そして何といってもいきなり事故死しながら仮想人格として機械の体に復活し、エウロパの氷の下で生き延びたラムの活躍にあるといえるだろう。(大野万紀)

2023年6月

■堀晃『バビロニア・ウェーブ』

 太陽系の外れに発見された、全長五三八〇光年、直径一二〇〇万キロのレーザー光線の定在波、バビロニア・ウェーブ。もの言わぬ、目に見ることもできない沈黙の光束。ジョン・ヴァーリイの『へびつかい座ホットライン』は情報を流すホットラインだったが、こっちは何のためにあるのかもわからない謎の光線。ただしエネルギー源として利用はできる。この光のエネルギーを利用する連絡船や、様々な小道具・大道具の描写もすばらしいのだが、そういう細かな技術的側面やレーザー光の技術的利用といったプロジェクトSFの方向には話は向かわない。これはとことん寡黙で、孤独で、ドラマチックではない、恐ろしく淡々とした人と宇宙の物語なのである。

 最果ての送電基地へやって来た孤独な操縦士マキタが出会うのは、謎めいた基地の駐在員たちと老教授。彼らは一人一人死んでいき、読者はひたすら宇宙の静寂、孤独、とほうもない広大さを味わされることになる。終章で一気に世界が広がるが、それでも謎は曖昧なまま残る。何ともストイックな傑作である。     (大野万紀)

■ピーター・ワッツ『6600万年の革命』

 『巨星』に収録の三編と合わせ Sunflower Cycle シリーズに属する作品である。表題作の中編(作者は長編だと言っているが)と短編「ヒッチハイカー」が収録されている。

 タイトルにある通り、想像を絶する超遠未来へと続く宇宙SFだ。何千万年もかけて銀河全体にワームホールのネットワークを構築しようとするディアスポラ計画。ワームホールまでは光速以下で飛ぶしかないので、宇宙船の乗員たちは普段は凍結され、数千年に一度、数日間だけ目覚めるという生活を送っている。通常任務を行うのはチンプと呼ばれるAIだが、人間たちの中にはこの生き方に不満を持ち、反乱を計画している者がいる。何万年もかけたとても気の長い革命だ。

 主人公のサンディはその革命グループに参加しながらも、チンプにも親しさと共感を抱いていて、その真意はよくわからない。何千年、何万年かたって目覚めるたびに状況も変わっており、あちこち説明のない空白もあって、ますますややこしい。

 それでもワッツの作品としてはストレートで読みやすい方だ。遙かな時間が背景にあるが、閉鎖的な小惑星宇宙船の内部という狭い空間で話が進むので、むしろホラー的な緊迫感の強い作品である。(大野万紀)

■J・J・アダムズ編『不死身の戦艦 銀河連邦SF傑作選』

 編者が言う「銀河にまたがる社会――国ではなく世界、あるいはいくつもの世界がまとまってできた政府――の広大さ」がテーマの、現代SF作家によるアンソロジーである。

 銀河連邦! 広大な銀河にある無数の星々。幾多の文明が興亡を繰り返し、強大な、あるいは衰退しつつある政体が、それを厳しく、あるいは緩やかに統治する。異星人を含む多くの種族が共存し、交易し、支配し支配され、戦い、あるいは酒場で大騒ぎする、そんなグローバルな世界。それがSFにおける銀河連邦や銀河帝国の典型的なイメージだ。

 ぼくが解説でも書いた通り、シリアスに考えればそんなものが成立する可能性は極めて低い。にもかかわらず、ぼくも広い銀河で人類も異星人もいっしょにワチャワチャしている話が大好きだ。ここにはそんな話やもっとひねった話、AIやポストヒューマンをからませた話など十六編の現代SFが収録されている。中でもぼくのお気に入りは、知性ある犬たちが主人公のメアリー・ローゼンブラム「愛しきわが仔」のような心に染み入る話や、銀河連邦の結婚というジェイムズ・アラン・ガードナー「星間集団意識体の婚活」のようなスケールの大きいバカ話だ。(大野万紀)

■ジェイムズ・P・ホーガン『未踏の蒼穹』

 二〇〇七年刊行のホーガン晩年の長編。シリーズには属さない単発作品である。

 いつとも知れぬ未来。人類はすでに絶滅している。その調査に地球(テラ)を訪れたのは金星人の科学者たち。そう、この物語の登場人物たちは金星人なのだ。この時代の金星はかつてのような灼熱地獄ではなく、多様な生物が棲み、惑星間航行のできるまでに発達した文明をもつ人々の世界となっている。金星人たちはテラ人とほとんど変わりがない。しかしテラ人が滅亡した時、金星はまだ人が住めない環境のままだった。もしも金星人がテラ人の子孫だとするとタイムスケールが合わない。

 物語はこのタイムスケールの謎(『星を継ぐもの』と同じモチーフだ)を中心に、「科学的」発見の驚きとサスペンスに満ちた展開をする。結末には未来の人類の運命に関する、わくわくするようなセンス・オブ・ワンダーがある。とはいえ、ホーガンの「科学」が現実の科学ではなく「トンデモ」に近いものであることには留意が必要である。そこさえ間違えずSF的虚構として楽しむ限りは、本書は著者の初期作品と同じく、未知の謎を解く驚きとSFを読むことの喜びに溢れているのだ。(大野万紀)

2023年8月


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