『リングワールドの玉座』(ラリイ・ニーヴン)書評

 大野万紀

 早川書房「SFマガジン」98年7月号掲載
 1998年7月1日発行


 「今度は戦争だ!」という有名なSF映画のキャッチフレーズがあったが、あの〈リングワールド〉も「今度は戦争だ!」。

 ただし、この「戦争」、リングワールドの覇権をめぐるプロテクター同士の戦いという側面は(実際物語の後半ではそれが中心になるのだが)、ルイス・ウーやパペッティア人の〈至後者{ハインドモースト}〉などおなじみの連中の登場する物語がそちら側で語られるにもかかわらず、あまり目立った印象がない。何しろそれはこの世界の裏側で戦われる超人同士の抗争であり、目立たなくて当然なのだ。そのかわり、というか、圧倒的な迫力で描かれるのは、〈機械人種{マシン・ピープル}〉(こう書くとサイボーグか何かみたいでイヤだなあ)たちを中心に集まった異種族の連合軍と、吸血鬼{ヴァンパイア}族との戦争である。この戦争、各種族がそれぞれの特有な能力を生かし、知恵と勇気を出し合って、圧倒的な数と人を惑乱させる特殊能力を持つ非人間的な敵と戦うという、いかにもハリウッド好みなスペクタクルとなっている。本書が、〈リングワールド〉の続編という位置づけよりも、〈リングワールド〉を舞台にした外伝として、このパートから書き始められた(その一部が吸血鬼テーマのオリジナルアンソロジー『死の姉妹』に収録されている)ということから考えても、本書のメインストーリーはこちらであると断言していいだろう。

 では、〈リングワールド〉といえば思い起こされる、あの圧倒的なイメージ喚起力を持つハードSFとしての側面はどうか? 何しろ『リングワールド』で読者の度肝を抜き、続編『リングワールドふたたび』でほとんどの補足説明を終わってしまったのだ。もう新たなアイデアや、新たな発見はないのではないか。

 事実、その通りといえなくはない。本書で深められているいくつかのアイデアも、すでに前作で提出されていたものである。しかし、ここで思い出すのが、SFの三段階発展説というやつだ。その伝でいけば、本書は物理学中心から、リングワールドの社会学や生態学を扱う段階に至ったといえるだろう。人類と祖先を同じにしながら種として分化した亜人類たちが、それぞれの生態学的適応をとげた世界での、相互関係。生殖目的でない異人種間の性行為がコミュニケーション手段となっているといったアイデアは、一方ではドラマを盛り上げる要素でもあるが、アフリカの森でのボノボの生態などを思い起こさせて興味深いものがあった。物理学以外を扱うときのニーヴンの手つきにいささか心許ないものがあるのも事実だが、リングワールドの生態学には、間違いなくハードSF的な魅力があふれている。

 1998年5月


 リングワールドの玉座
 ラリイ・ニーヴン
 小隅黎訳

 早川書房
 1998年4月30日発行
 ISBN4-15-208153-8 C0097


 THE RINGWORLD THRONE (1996) by Larry Niven


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