ハヤカワ文庫JA総解説 PART3より

 大野万紀

 早川書房「SFマガジン」21年12月号掲載
 2021年12月1日発行


■この空のまもり 芝村祐吏
 作者は著名なゲームデザイナーであり、アニメやコミックの原作者としても有名だが、SF小説でもよく作り込まれた世界設定が特長の優れた作品を多数発表している。
 本書もその一つ。近未来の東京の、大久保あたりが舞台。日本の電脳空間は外国人が落書きした電子タグでいっぱい。政府の弱腰に不満な人々がネット上に架空政府を設立、現実では冴えないニートのソフト技術者である主人公が、架空防衛軍十万を指揮する架空防衛大臣となり、電子タグのお掃除大作戦を決行する。ところが外国人排斥を主張する人々によるリアルな暴動が起き、主人公たちも巻き込まれてしまう。本来であれば悲惨で過酷な現実が、楽しくハッピーなエンターテインメントとなり、東京の街に草原が広がり、妖精たちが輪になって踊るのだ。(大野万紀)

■プラネタリウムの外側+グリフォンズ・ガーデン 早瀬耕
 近未来の北海道、大学の研究室、特殊なコンピュータ、現実と仮想現実が混交する甘酸っぱくも切ない理系の恋愛小説集である。
 『グリフォンズ・ガーデン』は92年の作品で、スマホも出てこずPC画面はブラウン管だが、古さは感じない。仮想世界と現実とが交互に描かれるが、次第にその境界はあいまいとなる。大きな事件が起こるわけではなく、研究者と恋人の日々の暮らしと知的な会話が語られていく。それが素晴らしい。
『プラネタリウムの外側』はその26年ぶりの続編で、文句なしの傑作。AIとの会話、意識と記憶のミステリ、合わせ鏡に閉じ込められた時間、プラネタリウムの天動説……重いテーマを含むそんなエピソードが、若い男女の瑞々しくも眩しいラブストーリーと共に描かれ、いいなあと呟くのだ。(大野万紀)

■星系出雲の兵站(全4巻)+遠征(全5巻)林譲治
 遥か未来の、異星人との本格的な宇宙戦争を描くシリーズが、それだけでは終わらず、植民した人類の過去や、異星人文明の壮絶な歴史までを解明していく、壮大で本格的な宇宙SFのシリーズとなった。日本SF大賞受賞作であり、星雲賞受賞作でもあって、近年の日本SFを代表する作品の一つといえる傑作シリーズである。
 舞台は人類が植民した遠い惑星系。植民から四千年がたち、すでに近距離の恒星間飛行ができるまでに文明が発達している。彼らは出雲星系を中心に近隣の四つの恒星系へも進出しているが、中でも出雲から二十光年離れた壱岐は独立心が強く、経済的にも軍事的にも出雲に次ぐ勢力となっている。
 そんな壱岐星系で人類のものではない無人衛星が発見され、姿を見せない異星人の侵略が始まっていることがわかる。この非常事態に出雲星系を中心とする人類の艦隊が動き出し、後にガイナスと名付けられた異星人との戦端が開かれる。
 シリーズの前半は、謎めいたガイナスとの激しい宇宙戦争と、人類同士の政治的な思惑や駆け引き、タイトルにもある兵站を重視した戦略や戦術についての考察が中心となる。
 だが、何よりも問題なのはガイナスそのものだ。技術的には人類とさほど変わらないのに、何を考えているのかほとんど理解不能なのである。艦隊戦だけでなく、占領された準惑星を巡る戦いでは激しい肉弾戦まで行われるのだが、そこで描かれるのは意思疎通できないもどかしさと、それでも何らかの意思や感情を感じとろうとする人間側の心なのだ。
 第一部の四巻は人類の一応の勝利で終わるが、謎は解明されないままだ。作者は個々の戦闘の迫力ある描写だけでなく、その背後にある戦術や戦略の目標設定、兵站まで含めた全体のロジスティクスと運用、シビリアンコントロールを可能とするコンプライアンスと統制、組織と体制といったシステム面について、これでもかというぐらい詳細に分析し、描き出す。最も重要なのは理解不能な敵に対し、それでもコミュニケーションの可能性を探り、どのようにすれば戦争を終結させられるかという終了条件を得ることである。
 そして第二部〈遠征〉が始まる。ここでまず描かれるのは、ガイナスとの意思疎通手段を探ろうとする試みである(それを主導する烏丸司令官がとてもユニークなキャラクターだ)。もう一つは遥か遠い敷島星系で発見されたガイナスの母星らしき星と、そこへの遠征艦隊の物語。そして星系出雲の人類の起源に関わる、人類とガイナスが太古に接触していた可能性を示す遺物の発見である。ガイナスの残存勢力との戦闘など、激しい戦いはまだ続き、ついには恐ろしい惨事も起こるが、第二部ではむしろ、未知の文明や生態系を手探りで発見していく本格的な宇宙冒険SFとしての魅力が大きい。意表をつく発見が次々となされ、人類とは異質な知的生物の成り立ちやあり方が次第に見えてきて本当にワクワクする。断片的だが、そこから想像される壮大な時間の流れと悲劇的な歴史は凄まじい。
 長大なシリーズだが、主要な登場人物は引き継がれ、人類と異星人の戦争というほぼひとつの出来事を描ききった上で、さらに数千年にわたる大きな謎と倫理的な衝撃を明らかにしていく。その余韻がまたすばらしい。
 エピローグには希望があり、ほっとさせられる。絶望の後、ここからまた彼らの新しい未来が拓けていくに違いない。(大野万紀)

■ヴィンダウス・エンジン 十三不塔

 小説投稿サイトから出て第8回ハヤカワSFコンテストの優秀賞を受賞した作品である。主人公は韓国人の青年で舞台は未来の中国というアジアンなサイバーパンクSFだ。
 ヴィンダウス症という難病にかかっていた主人公が寛解した時、全ての環境変化を感知できる超能力が発現する。彼は中国の電脳都市、成都へ招かれ、都市のAIと接続したヴィンダウス・エンジンとなって暮らすことになるが、そこに存在しないはずの患者たちの組織が接触し、超能力者対超AI(八仙)のスーパーヒーロー・バトルが展開するのだ。
 本書は著者のSF作家としてのデビュー作であり、アイデアとストーリーにちぐはぐな点が目立つなど粗さもあるが、電脳中華な世界観は現代的で面白く、何より異能バトルが迫力満点で楽しめる。(大野万紀)

 2021年10月


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