60年代ニュー・ウェーヴ

 大野万紀

 週刊朝日百科「世界の文学48 SFと変流文学」(朝日新聞社)掲載
 2000年6月18日発行


 SFがジャンルとして成長し、ほぼ今あるような姿を整えたのは第二次大戦前後から一九五〇年代にかけてである。わが国のSF専門誌であるSFマガジンが九七年に実施したオールタイム・ベスト投票において、海外SFのベスト一〇位に上がった作品のうち、『夏への扉』(ロバート・A・ハインライン)『火星年代記』(レイ・ブラッドベリ)『虎よ、虎よ!』(アルフレッド・ベスター)『幼年期の終り』(アーサー・C・クラーク)《銀河帝国興亡史》(アイザック・アシモフ)『アルジャーノンに花束を』(ダニエル・キイス――ただし五〇年代に書かれたのは中編版)と、実に六編が五〇年代のSFだった。このように、現在まで読み継がれている名作SFの多くは半世紀近く前に書かれたものであり、今でもSFファンに強い印象と支配力を残しているのである。

 ところが、この〈黄金時代〉の後、五〇年代の後半から六〇年代前半にかけて、SFは一時的な停滞期を迎える。優れた作品も書かれ、優れた作家も現れたのだが(その代表がフィリップ・K・ディックである)、出版点数は減少し、専門誌の数も減り、ジャンル全体としては活力を失った印象があった。
 しかしその一方で、六〇年代は、それまでどちらかといえば限られたファンの間でのみ繁栄してきたSF界が、より広い外の世界と相互作用を始めた時代でもある。宇宙旅行などというものは子供っぽい夢物語であり現実逃避であると思われていたのに、大統領が人間を月へ送ると宣言し、国家事業としてそれを推進し始めたのだ。六〇年代こそは科学技術の時代であり、変革の時代であった。それはまた自走し始めた科学技術への恐怖・不安に多くの人々が目を向けた時代でもある。人類の未来を考え、変化する社会や文化に対応できる、新しいものの見方を得ること――それが「宇宙時代の文学」「文明批評の文学」としてのSFに求められるようになったのである。また正統的、伝統的な文学に対するカウンターカルチャー、サブカルチャーとしてのSFのあり方にも、これまでになく好意的な目が向けられるようになった。ロバート・A・ハインラインの『異星の客』はカウンターカルチャーの観点からヒッピーたちのベストセラーとなり、フランク・ハーバートの『デューン 砂の惑星』シリーズはそのエコロジー的な要素が高く評価された。アーサー・C・クラークの『二〇〇一年宇宙の旅』はスタンリー・キューブリックの映画とともにSFを知らない人々へも衝撃を与え、アーシュラ・K・ル・グィン『闇の左手』はジェンダーの問題がSFの手法により効果的に扱えることを知らしめた。
 このような成功例にもかかわらず、六〇年代のジャンルSFは総体として、こういった外からの期待をストレートに受け止めることができず、むしろ当惑していたといえる。それよりも、SFはまず内部からの異議申し立てに揺り動かされた。それが六〇年代半ばにイギリスから始まりアメリカへと広がったニューウェーブ運動である。

 現在から振り返ってみると、SFのニューウェーブ運動とは、六〇年代後半に世界的に広がっていた反体制運動の高揚感を、SF界という狭い世界の中で再現したものと見ることができる。その主張は「SFは外宇宙より内宇宙をめざすべきだ」といったもので、その直接の影響下に書かれた作品は、J・G・バラードやトマス・M・ディッシュといった何人かの力のある作家の作品を除き、今やほとんどが忘れ去られているといっていい。だからといって、ニューウェーブ運動がSFに何ももたらさなかったかというと、そんなことはない。運動そのものは七〇年代に入って急速に沈静化していったが、SFを縛っていた様々な制約(それは主に子供向け読み物と思われていたころから残っていたものだった――例えば性的な描写をしないなど)を打破し、SF界に自由と活気をもたらしたのである。そういう高揚した空気の中で、サミュエル・R・ディレイニーの『バベル−17』や『ノヴァ』、ロジャー・ゼラズニイの『わが名はコンラッド』や『光の王』などの傑作も書かれたのだった。

 七〇年代に入ると、世界を包んでいた理想主義的な熱気は薄れ、SFもまた現実の世界と無縁なファンタジーへと向かったり、あるいは個人の内面に沈潜していったりといった反動が起こっていた。その中で、時代の変容をしっかりと見据えたポスト・ニューウェーブの新しい作家たちが台頭していった。彼らは伝統的なSFの道具立てを使いながら、その内容には七〇年代の同時代性が色濃く反映されていた。『残像』のジョン・ヴァーリイ、『夜の大海の中で』のグレゴリイ・ベンフォード、『エンダーのゲーム』のオースン・スコット・カードなどである。また『故郷から一〇〇〇〇光年』のジェイムズ・ティプトリー・ジュニア、『夢の蛇』のヴォンダ・マッキンタイアといった女性作家(ティプトリーが女性だとわかったのは七七年のことだったが)がその素晴らしい才能を発揮していた。中でもティプトリーとヴァーリイはこの時代を代表する、最も重要な作家だといえる。七〇年代のSFは決して無気力な退廃に沈んでいたわけではないのである。
 けれども、七〇年代半ばに起こった空前のSFブームは、映画『スター・ウォーズ』の大ヒットとともに頂点に達し、SFは量的には飛躍的に拡大したが、質的にはかなり水増しな状態となっていった。粗製濫造された作品の多くは、ぶ厚く退屈な異世界ファンタジーだった。このような状態に対する反発が、現実重視、科学性重視のハードSFの復活をまねき、それが次の時代のサイバーパンク運動へとつながっていくのである。

 2000年2月


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